2019年09月17日

はじける

 今でも時々、教え子達と会って懇親しています。教え子と言っても、あと5年もすれば還暦を迎える方々です。私がまだ駆け出しの高校教諭の時の教え子で、今思い出すと恥じ入ることばかりで、申し訳ない思いで一杯です。彼等は今でも、先生と私を呼んでくれますが、会話の内容は親しき知人と言うところでしょうか。私は、そのことをとても嬉しく思うのです。
 先達て、恵比寿で彼等と会いました。その時、刺繍を施した半袖のシャツに黒い帽子を被っていきました。自分でも少し派手かなと思っていたのですが、彼等にもそう映ったのでしょう。「先生、若いね」と言うのです。若いは、着ているシャツと帽子を指していると私は思いました。「退職してから、服装がはじけたんだよ」と言うと、彼等は「先生、昔からはじけてたよ」と言い、「ネクタイではなくスカーフを結んで学校に来ていたよ」と付け足してくれました。
 なるほど、自分は昔から、一風変わったはじけた教師だったのだと、今になって又気付くのでした。
posted by nikki at 09:14| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月10日

置くことは飾ることなり

 冒頭に書いた言葉は、千利休が言った言葉だと聞き及んでいますが、それが本当かどうかは分かりません。
 しかし、この言葉は日常の生活の中で、常に私の意識の片隅に存在しています。人様から見れば、片付いていないと言われるような家の中でしょうが、常に「置くことは飾ること」であると自分を諭しています。
 先日あるテレビで、余りにも断捨離し過ぎて家の中に潤いがなくなったという番組を観ました。
 片付けることが飾ることに繋がると豊かな生活空間になると思うのです。
posted by nikki at 14:07| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月02日

国 旗

 世界各国には、その国を象徴する旗、国旗があります。
アメリカ合衆国の星条旗、イギリスのユニオン・フラッグ、フランスのトリコロール、中国の五星紅旗、世界で唯一のペナント型の国旗はネパール、そして日本の国旗は日の丸。
 国旗に限らず、旗はその集団を象徴する大切なものです。小学生の時「他国の旗をぞんざいに扱い、国家間の戦争になったこともある。どの国の国旗にも、その国民の魂が宿っているものとして敬意を持って扱うように」と強く教えられました。
 そのような国旗を、反感を持っている国のものだからと、公然と足で踏みつけたり、燃やしたりして得意満面の民がいる国があります。公の機関も、その行為に容認しているが如くの様子です。
 私達は、そのようなことをやってはいけません。負の感情の赴くままに行動しない、克己(こっき)心を持ちたいものだと思うのです。
posted by nikki at 10:49| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月26日

見ない自由

 出演依頼をするテレビ局も、テレビ局だと思いますが、韓国籍だと思われる女性の大学教授が画面に出て来たら、私は直ぐにチャンネルを変えます。
 日本では何でも言える自由があり、その女性は言いたい放題です。それはその人の毀誉褒貶の言葉ですから、別段驚くことはありませんが見たいとは思いません。見ない自由もあるのです。
 チャンネルは便利です。チャンネルを変えるだけで、嫌な人が目の前から消えてくれるのですから。
 古来からある意味合いとは違うと思いますが、次なる言葉をお借りします。
「見ぬこと清し」
 見て毒されるよりも、見ずして心清くありたいと、気持ちを籠めて使わせて頂きました。
posted by nikki at 07:11| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月19日

覆水(ふくすい)盆に返らず

 己が発した言葉は、入れ物から零してしまった水と同じで、元には戻らないという意味。
 言ってしまったら、その言葉は責任を伴って拡散します。公にメディアを通して発した言葉であれば、尚更のことです。
災いは口からとは言い得ています。  得てして、言いたいことをそのまま口にすることで、取り返しの付かないことになることがあります。自分が言いたいと思っている言葉は、本当に言わなければならない言葉だったのでしょうか。
 感情にまかせて言う言葉は、特に気を付けなければなりません。
 最近「盗人猛々しい」と感情を露わにして電波に載せて言い放った人が、舌が乾く間もなく、冷静になりましょうと言ったところで、時は既に遅く、正に「覆水盆に返らず」。誰もその人の言葉を信用することはないでしょう。それよりも「冷静になりましょう」と、そっくりそのまま言い返されるだけでしょう。
 自分も、感情にまかせた物言いには、充分に気を付けなければと、つくづくと思う今日この頃なのです。
posted by nikki at 09:54| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月13日

「餡(あん)こ」と「チョコレート」

 私は下戸です。酒類のものを一寸嘗めただけで、目の周りが火照るのが分かります。
父は少し酒を飲んでいましたが、アルコールに全く弱い人でした。母にいたっては酒を全然受け付けませんでした。その分、我が家の一統は、甘い物には目がありません。今も尚、脈々と甘党の家系が続いています。
 世の中に、よくぞ餡ことチョコレートなるものが存在するものだと感謝に堪えません。餡こがなかったなら、今日のような美しく美味しい和菓子は成り立たなかったでしょう。同様にチョコレートがなかったならば洋菓子が如何に、淋しく味気ないものになってしまうことでしょうか。
洋の東西に、よくぞ餡ことチョコレートが発見され考案されたと、毎日のように餡こやチョコレートを食べている甘党の私は、先人達に心の底から感謝するのです。
posted by nikki at 10:30| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月05日

港街 東京

 伊豆大島に行く用事があり、竹芝桟橋から船で行きました。浜松町の駅で降りて竹芝桟橋まで歩きました。徒歩で5・6分と言うところでしょうか。浜松町の駅や、その周辺で潮の香りを感じたことがほとんどありませんでしたが、竹芝桟橋に近付くと磯の香りというのでしょうか、潮の香りが鼻孔を擽りました。その時、東京都心は海に近いと実感したのです。
 JR水道橋の駅から後楽園に行く時、後楽園橋を渡りながら神田川を眺めると、鴎の群を見掛けることがよくあります。  東京都心は港街なのですね。そんなことに、今更のように気が付くのです。
posted by nikki at 06:51| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする