2018年04月16日

思惑

 大人になってからのお付き合いには、大なり小なり何かしらの下心が生じると思います。下心というと聞こえが悪いかも知れませんが、思惑と言ったら良いのでしょうか。とにかく、純粋に友達を好きだと思う心は、長じるに従って無くなって行くようです。それに反して純粋な恋や愛という気持ちが高まるのですが、それにすら時が経てば打算が入ってくるのではないでしょうか。何の思惑もなく、下心もなくつきあえる相手がいたならば、それは希有な宝物でしょう。
 社会は人と人との繋がりで出来ているので、このような思惑は人の性(さが)とでも言うべきものなのかも知れません。地位や権力そして財力を持つほど、近付いてくる相手や付き合う相手には悪意がなくとも思惑が生じることがあるでしょう。悲しいことですが、これも道理なのかも知れません。だからこそ、相手を上辺だけで判断しないという心構えが大切になってくるのだと思います。その為には、まず自分は如何ほどの者でもないという謙虚さが必要な気がします。尊い人ほど謙虚なのではないかと思うのです。
posted by nikki at 06:11| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月08日

離れてすぐ懐かしい人

 4月は、別れと出会いの季節です。転勤して行く人、転勤してくる人。人生の別れと出会いが交錯する4月です。
 私が今、嘱託職員として勤務している職場も、転勤によって離れて行く人達、新たに出会う人達がいます。その中で、それほどお話ししたことがない人なのに、転勤していった次の日から、その人の姿が職場にないことを改めて知り、とても懐かしく思える人がいます。何が、私にそう感じさせるのでしょうか。思い当たることはただ一つ、温かな人柄だったと言うことです。私も立ち去った後すぐに懐かしく思って貰えるような温かな人になりたいものだと、この年になって今更のように、つくづくと思うのです。
posted by nikki at 14:58| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月02日

君子蘭

 6年前、青森から東京へ引っ越しした時、君子蘭の鉢も持ってきました。引っ越しする年の前年に、株を分けて植え換えをした君子蘭で、ここ7年間は花を付けていなかったのです。しかし、その長い沈黙を破り、今年、再び蕾が付きました。日に日に花茎が長くなって蕾も大きくなり、橙色に色付き始めたのです。根はじっくりと張り、葉は懸命に日光を浴び、東京の環境に適応しながら、花を付ける準備をしていたのでしょう。どんなことがあっても諦めることなく、地道に努力していれば、きっと自分の花を咲かせることが出来ると、私へのエールを語りかけてくれるように感じました。
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2018年03月26日

目黒川の桜

 3月25日、三軒茶屋での用事が終わったのが四時少し過ぎでした。知人から、三軒茶屋の駅前の道を20分ほど真っ直ぐ行けば目黒川の桜が見られると教えられて、私は三軒茶屋から目黒川の桜を目指しました。道々初めての街を眺めながらでしたので何か物珍しくて、遠いと思いませんでした。細く深い溝のような川は、水量も少ないのですが、そのささやかな水の流れに覆い被さるようにして桜が枝を伸ばし、そこに満開の花を付けている風景は、正に現代日本の都会の桜の名所に相応しい華やかさと風情がありました。目黒川には、幾本もの歩行用の橋が架かっていて、そこからの景色が一段とインスタ映えするようです。夕刻になって少し花冷えを感じながらも、都会の喧噪のど真ん中に、よくぞこのような美しい桜並木を造ったものだと感心しました。
 現在の東京は緑の多い街だと思います。そして桜の名所も多いと思います。東京はビル群だけではなく、並木や緑地公園、緑地帯も楽しめる街なのです。
posted by nikki at 07:02| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

議会最優先

 異動の季節となりました。この時期になると鮮明に思い出すことがあります。
 もう30年以上も前のことになりますが、教育現場から教育庁に転勤になった初日のことです。教育行政の先輩に「此処での仕事は、議会が最優先だ」と言われました。それまで現場で生徒と向き合いながら教鞭をとっていた私は、教育庁の仕事は、生徒と向き合って仕事をしている学校現場が最優先、今の言葉で言えば学校現場ファーストだと固く信じていたのです。だからこそ、その先輩の言葉に強い衝撃を受けたのです。そして今もって、その言葉を思い出すのです。また当時、教育委員の私的な仕事らしきものをこっそりやっていた上司、議会での議員の質問を作って提供しいたことも。そんなことを見るにつけて、教育行政の仕事は議会最優先、議員優先と豪語して憚らない考えや行為に、私はずっと疑問を持ち続けていました。あれも行政マンの忖度だったのでしょうか。今はもう、そのようなことはないと思います。そう願いたいものです。
posted by nikki at 06:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月19日

百華の春

 今、私の書斎の窓から、色付き始めた蕾を付けた桜の枝が、風に揺れているのが見えます。そして、その少し向こうに、暖かな紅色の大輪の花を枝もたわわに付けた椿の大木も見えます。更にその後にやっと綻んだ白木蓮の樹木が望めるのです。垣根越しには、連翹の花も咲き始めています。正に、待ちに待った百華の春の到来です。
「百華 誰がために開く」 華は人間の損得の思惑を超えて、自ずから美しく咲くのでしょう。だからこそ華は美しいのです。他人の思惑に振り回されることなく、寒く厳しい季節を越えて己の生を咲かせたいものです。
posted by nikki at 09:23| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月10日

人を育てる

 昨今の新卒の就職活動は売り手市場で、内定を幾つも決めている学生もいて、内定を断らないで下さいと企業の方からお願いしているとも聞こえてきます。採用した若者達を企業・会社はしっかり育て上げて下さい。
 今の時代、人を育てると言うことを蔑ろにしている職場が多いと思います。優秀な若者を育て上げるという意識よりも、即、率先力として使おうという所はあっても、じっくりと育て上げようという意識ある企業は少ないように思います。
 就職氷河期に卒業した人達は、今三十代から四十代前半、この年代の人達はやっと入った企業に育てられずに使い捨てられた人達が多いのではないでしょうか。そして、捨てられたあげく年齢を理由に何時までも就職できずにいます。これからの日本を支えて行く人材を見殺しにしている社会のようです。今、就職できずにいる人達を自己責任として片付けてしまう事は出来ません。これは、社会の問題でもあるのです。派遣を認めた政府。最高責任者とか言う人達の破格の所得。その所得を得るために何人の非正規を雇用し、切り捨て、また新たに若者の非正規を雇い入れる。彼等の高額な所得は、若者を踏み台にして得ていると言ってもいいかもしれません。そのようにして使われ捨てられてきた三十代、四十代をこれから育て上げて行かなければ、日本の社会の将来は空洞が出来てしまいます。そしてそのつけは大きく社会を苦しめることになるでしょう。就職氷河期に苦労して非正規・派遣・契約社員などを経験した人達こそ、すぐに即戦力にはならないとしても苦労を積んできた分、仕事の大切さを骨身に染みて分かっているからこそ、どのような仕事にも前向きに努力出来ると思うのです。
 私が現職教員の時、大手都市銀行では、大卒だけではなく必ず高卒を採用していました。その理由を聞いたことがありました。就職担当者曰く、企業が窮地になった時に底力を発揮して企業を救ってくれたのが高卒からのたたき上げだと。人間、苦労した分、下積みが長かった分、いざという時に力を発揮できるのです。そんな宝の人材を企業は、会社は、そして社会は見落としてはいませんか。育て甲斐のある人材は三十代・四十代の就職氷河期を経験した人達でもあるのです。
 日本の企業文化は、人を育てて発達してきました。欧米の合理主義を真似ばかりしては将来の日本はありません。
posted by nikki at 09:31| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする