2018年09月17日

葛の香り

 今朝、書斎の窓を開けると、ブーンと甘い香りが初秋の風に乗って部屋に入ってきました。窓外を見ると、裏の雑木に著しく繁茂した葛の葉陰に、濃紫色した葛の花が咲いていました。例年になく暑い、酷暑と呼ばれた夏も峠を越したようで、秋の七草のひとつ、葛の花が咲いています。蝉の声も何時しか途絶え、虫の音がそこかしこに聞こえます。これから冬になるまでの期間、東京は過ごし易く、耳に目にそして風を感じる肌など五感を通して、都会の美しい秋が楽しめます。心待ちにしていた季節到来です。
posted by nikki at 10:17| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月10日

日本の議員が危ない

 今、日本における様々な分野での研究が危機に瀕しているという報道を見ました。研究費が不足していることが原因らしいのです。
 旧民主党が政権を取った時、パフォーマンスの如き仕分けなるものが、国民の面前で行われました。ダム建設の中止などもその例ですが、これには実際驚きました。中止して良いのだろうか。素人目にも多くの疑問が残りました。そして極めつけは、スーパーコンピュータの件。迷言「二番で何故悪いのか」正に認識不足でしょう。
 参議院の六人増。単なる参議院議員の機嫌取りとしか見えませんが。こんなことをするくらいなら、その分研究費に回せないものなのでしょうか。
 不倫は個人的な問題ですが、居直りはいただけません。証拠隠滅のためにPCを壊した人もいるとか。行政に重大な圧力を掛けて、微々たる金を返却するということで、お茶を濁そうというとか。数え上げれば、枚挙に暇がありません。
 国会議員をはじめ、都道府県区市町村の議員と名の付く人達は、もっと謙虚に、そして襟を正し、国民の為に仕事をして貰いたいものです。
posted by nikki at 09:43| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月02日

いじめた生徒は?

 先達て、青森市の女の子がいじめを苦にして自殺したことに対し、その女の子の親に学校長が初めて謝罪したというニュースを見ました。父親の無念さは、想像を絶するものと思います。学校にも、学校長にも、教師達にも、重大な責任があります。しかし、一人学校長が頭を下げて、それで良いとは言えません。同じ学校にいた教職員は勿論、教育委員会を始め多くの教育関係者の猛省が必要です。
 そうして、もう一つ。いじめた生徒達は、一体どのような指導を受け、どのように自分達のやったことの罪深さを反省し改めようとしているのでしょうか。そのいじめた生徒達の保護者は、どのような自覚を持っているのでしょうか。ニュースを見る限りでは、学校と教師だけの問題とされているよう見えます。そこがとても心配です。口を噤んで何もなかったことにしてしまうのでしょうか。子どものうちに、悪いことは悪いこととしっかりと教え諭すことこそが、大人の役目でもあります。自分達のやったことに深い反省がなければなりません。それが、次なるいじめの防止にも繋がっていくのではないでしょうか。
posted by nikki at 14:37| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月27日

買い出し 御徒町

 御徒町駅に降り立つと、気持ちが高揚します。
「よし買うぞ」と、買う気満々。我が家の皆は、刺身大好き、魚卵大好き。それは孫も同じです。例外は私だけ。私は、刺身をあまり食べません。嫌いと言うよりも、申し訳ないのですが食べたいと思わないのです。しかし家族が好きなものをお腹いっぱい食べている光景を見ているだけで、とても嬉しくなります。だから御徒町ではマグロやサーモン、たこ、筋子にたらこ、ウニなどを買います。御徒町は、これらのものが安く買えます。それでも気が付けば、一万円ほど買い物をしていますが、そのつもりで御徒町に来ていますから、それで満足なのです。家族が美味しいと言いながら、笑顔で食卓を囲む時、私は幸せを感じます。
 だから御徒町への買い出しは、私の幸せな一時でもあるのです。
posted by nikki at 09:05| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月20日

無残やな 幼き女性の 厚化粧

 歓楽街の花屋で売られている花束やアレンジフラワーは、一種独特の雰囲気を持っています。それは、夜の女性の妖艶さに負けないための工夫なのかも知れません。その一つとして、薔薇や百合の花などに金銀のラメを振り掛けデコレーションしているものを、毎日のように見掛けます。薔薇や百合の花は、それだけで豪華で美しく、その上、豊かな香りまで漂わす、自然美の冴えたるものでしょう。その花に、更なるデコレーションは余計なものだと思います。そんなデコレーションは、本来の花が持つ生命力と美しさを傷付けています。金銀のラメを振り掛けられた薔薇や百合を見るたび、その無残な姿に居たたまれない気持ちになります。それと似た感情は、幼き女性達の厚化粧にも言えます。学校の制服らしいものを着て厚化粧をする幼き女性達を見ると、素顔の美しさを無残にも打ち砕いている暴力的なものさえ感じてしまうのです。
 無残やな 幼き女性の 厚化粧
何処かで聞いたような川柳が、ふと頭に過ぎりました。
posted by nikki at 09:15| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月12日

太陽と北風

 皆さん、よくご存じのイソップ寓話の中に「太陽と北風」というお話があります。旅人のマントをどちらが脱がせることが出来るか、太陽と北風が競い、力尽くでマントをはぎ取ろうとした北風は失敗しましたが、優しく微笑む太陽がその温かさで旅人のマントを脱がせることが出来たのです。誠に良くできたお話しで、「柔はよく剛を制す」を教えています。しかし、如何に太陽と雖も、その温かみが限度を超えてはなりません。この頃の猛暑、正に人間が耐えうる限度を超えています。風や波そして雨によって何かが破壊されたというような悲惨な状況を目にすることはないのですが、この暑さは災害としか言いようがありません。「災害」とは人に災いし害を及ぼす自然現象のことなのですから。
 何事も過ぎたるは及ばざる如し、限度を超えるものには、細心の注意が必要なのです。
 人を教え諭すことにも、それは通じます。優しいだけではいけません。しかし、厳しいだけでもいけません。優しさが必要な時、厳しさが必要な時、それを見極めてこその教育だと思うのです。
posted by nikki at 07:43| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月06日

年齢的ステロタイプ

 こうだから、こうだ。人はよく、物事を一括りにして考えがちです。その方が、手っ取り早く皆を納得させられるということがあるのかも知れません。数の上から見ると確かに、その傾向の大なるものがあるのかも知れませんが、人間は百人百色、ある条件で全てを括ってしまうことは出来ないと思います。特に、年齢だけで人を一纏めにしてしまう傾向があります。例えば電車の座席。お年寄りに席を譲らずに座り続ける若者を思い遣りがなく自分勝手だと回りが思っても、その若者は夜勤明けかも知れないし、傍目では気が付かない障害や極度の疲労状態にあるかも知れません。また、お年寄りの中には、まだまだ元気だと自負している方が電車で席を譲られて、がっかりしてしまうと言う場合もあるでしょう。
 この頃、高速道路の逆走事故が多発しています。その事故のたびに、高齢ドライバーは危険で、認知症傾向にあるなどと言われますが、高速道路での逆走事故を起こしている人の年齢割合は、65歳以上とそれ以下では大体半々なのです。
 確かに年齢に応じて自分の身体的な衰えを確認しなければなりません。それは、その人のなすべきことですが、年齢だけで他人を、こうだと一括りにしてしまうことも良いことではないと思います。そうは言っても高齢者は、やはり体力的には若い時のようにはいきません。より精神的な智恵的なそして経験的なことで若者に頼りにされたいものです。
posted by nikki at 06:57| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする