2018年12月15日

国会議員会館

 先月、佐賀県に行って来ました。目的は、日本赤十字社の生みの親にして初代社長の佐野常民記念館を見学することでしたが、幕末、明治維新時の佐賀藩の偉業も知ることが出来ました。その佐賀藩の偉業は、当時の藩主鍋島直正の存在をなくして語ることが出来ないと思いました。鍋島直正候は、藩主となって藩の財政を立て直すために、役人を五分の一に削減したといいます。
 立ち返って、今日の日本国の財政難の折、参議院議員が6人も増えることに大きな違和感を感じます。衆議院にしても参議院にしても、国会議員が多過ぎます。極論を言えば半分でも多いかも知れません。更に国会議員にかかる経費も多過ぎます。無駄遣いとしか言いようがない支出内容がニュースになっています。そんな中で参議院が増えるために、議員会館に議員の部屋を3部屋つくり、その経費がなんと1億八千万円だというのです。この一億八千万円があれば、どれだけ多くの苦しい生活を強いられている人達が救われるでしょうか。こんな無駄遣いに仕事の時間を割く役人達もいるのです。国会議員や役人の彼等は心が痛まないのでしょうか。何の為に働き、何の為に頭を使っているのでしょうか。もう一度、国民のことを思いやって仕事をしているかどうか、議員も役人も自分の足元を見詰め直さなくてはならないのではないでしょうか。
posted by nikki at 15:51| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月11日

冬の鈴虫

 先達て12月だというのに全国的に温かく、首都圏でも25℃を超える夏日になった所もありました。私が住まう所も師走とは思えないような温かさで、日中は窓を開けていました。夕方、私の耳の底に美しく響くものがありました。まさかとは思いましたが、じっと耳を澄ますと、それは鈴虫の鳴き音だと分かりました。3日ほどすると気温は一気に下がり冬の寒さが到来しました。流石に、鈴虫の鳴き音は聞こえなくなってしまいました。鈴虫は、その寒さで儚い命が絶えてしまったのでしょう。今年の冬は、鈴虫たちに今一度の命の輝きを与えてから本来の寒さに戻ったのです。
posted by nikki at 09:54| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月02日

富の還元

 人を如何に安く使うか。その為の法律や規則を作るよりも、その労力に見合うような賃金や労働条件を整える事の方が大切なのではないでしょうか。何故、その仕事に人が集まらないのかも考えず、安い賃金で更に悪条件で働くことを余儀なくさせる人々を作り出すことに頭を使っているようでは、国民のためを思っていることにはなりません。貧しい国の人達を自分達に都合の良いように使うことは、決して将来のためにはなりません。
 今は亡き父は、しがない商売をしていましたが、従業員を雇うということは、その人の生活を保証することだと言っていました。そして、将来に役立つ技術や知識を身につけることも大切にしていました。従業員の生活や将来が保証されてこそ、働く意欲が出てくるというものです。
 派遣社員やパート、アルバイト、契約社員、嘱託などと何時でも解雇でき、安い賃金で働かせられるような人達を雇い、それらの人達を犠牲にして、自分達だけが甘い汁を吸っているような者達が蔓延っていては、良き社会、良き国には成れません。
 富は人々に還元されなければなりません。その事に意を尽くすべきだと思うのです。
posted by nikki at 14:57| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月26日

この国民にして

 国を代表する人達の罵り合いと人々の終わることのない憎しみが、今の世界中に蔓延しています。このままで良いはずがありません。
 我が邦の国会でも、粗探しや人を貶める様な遣り取り、そして責任逃れや代案なき否定論。本当に為なければならない議論は何も進んでいません。様々な問題行動があっても平然として議員に居座る人達。議員は、金を稼ぐ商売ではありません。選挙は、4年ごとの就職活動ではありません。疑問符が付く人達を支援する市民に大いなる責任があるのかも知れません。
 この国民にして、この国会。この市民にして、この地方自治体の議会。そう言われないようにしたいものです。
posted by nikki at 09:12| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月19日

コットン ズボン

 先日のことです。朝の通勤ラッシュに珍しくシートに座ることが出来ました。吊革につかまって立っていると、私の前の座席に座っている人が下車するために立ち上がりました。すかさず座らせて頂きました。座れたことにホッとして、短い時間ウトウトとしました。電車が駅に止った振動でうたた寝から目が覚めました。ふと前に立っている人のズボンに目が止まりました。懐かしいコットンのズボンです。私が学生時代に買って失敗したと思ったものと、ほぼ同様なのです。
 この頃のコットンのズボンは、コットンパンツと言っていますが私達の年代では、パンツといえば下着のガラパンなどのことを指したものです。それはさておいて、私が敢えて、コットン ズボンとしたのは、昨今の黄土色といいますかラクダ色と言いますか、もう少しお洒落に言うとキャメル色とでも呼ぶ、少し厚手のコットンパンツと明らかにその様子が違うからです。
私が買ったコットンのズボンは、濃い目の茶色でヘリンボーン柄に織られたものでした。店頭に飾られていた、そのズボンの柄に引かれて手にとって見ると何ともソフトな感じで気に入り即買いました。しかし、そのズボンは手触りの良い分、薄手にやわやわと織られいるズボンだったので、穿いた途端から膝は出てしまうは、お尻も伸びてしまうはで、とても穿いて街を歩けるような代物ではありませんでした。それとほぼ同様のズボンを前に立っている若者が穿いていたのです。
 案の定よれよれで、ズボンの折り筋などは全く付いておらず、膝も腰回りもだらしなく伸び放題という状態でした。電車が新宿に着き下車する時に立ち上がると、下車しようとドアに向かって立った彼の後姿全体が見えました。上着も丈の短いツイード柄のコットンで、やはり皺だらけのなよなよで、その上着の裾から出ている黒の綿シャツも同様に皺だらけでした。しかし、それから全て揃うと、何とも格好良く見えるのです。前を歩く彼は、胸を張って颯爽と歩いています。
 私が若い頃のお洒落と言えば、きっかりとアイロンを掛け皺一つない状態だったのですが、今の若者達は違います。私達の年代では真似の出来ないような着崩し方を身につけているのです。着崩すお洒落、これほど難しいことはないと、その若者のファッション感覚に感心してしまいました。
posted by nikki at 16:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月12日

豪徳寺

 東京に住まうようになってから、平日は大抵、小田急に乗って新宿まで通っています。その折、豪徳寺の駅を通る度に親友と呼べる人のことを思い出します。座席に座ってウトウトしていても、ぎゅうぎゅう詰めの満員電車で人に潰されそうになりながら立っていても、その駅を通過する時、私の意識は覚醒するのです。学生時代は勿論のこと、大学を卒業して郷里青森に帰った後も、上京する度に、彼の家に遊びに行ったものです。住所は梅ヶ丘となっていますが、彼の家に行く時は、梅ヶ丘より1つ小田原寄りの豪徳寺で下りた方が近いのです。
 彼は、不慮の事故で若くして此の世を去りました。生前はあまり感じたこともない彼の温かさや穏やかさが、亡くなってからもう何十年も経つのに、今も深く胸に染みるのです。
 その親友が死んでからは彼の家を訪れたことがありませんでした。しかし最近になって、その家はまだあるのだろうかと、豪徳寺の駅に降り立ってみました。改札口を出た後、この道を行けばいいだろうと、うろ覚えになった記憶を手繰り寄せながら、10分程歩きました。そして迷うことなく、彼が住んでいた家の前に辿り着いたのです。昔、友達を訪ねて来た思い出の家は、色褪せた写真の中の家のようでした。友達のいない家は、しんと静まり返って淋しそうに古びていました。私は、少しのあいだ眺めただけで踵を返して豪徳寺の駅に向かいました。
 彼は一体何処へ消えたのでしょうか。今になっても理解できず、豪徳寺の駅を電車で通過する度に、私はそう繰り返して思ってしまうのです。
posted by nikki at 11:13| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月04日

街のイルミネーション

 10月31日のハロウィン、渋谷の街は大変だったようです。テレビで見ていて、あの騒ぎ方は尋常じゃないと思いました。祭と懸け離れた騒ぎは、集団暴挙の自己満足に過ぎないように感じます。
 その日の新宿は、仮装して歩いている人達はいましたが、乱痴気騒ぎにはならなかったようです。丁度その日、今年最初の酉の市の前夜祭で、花園神社は例年のように賑わっていました。
 11月1日、新宿区役所通りのイルミネーションが始まり、点灯式に花を添えて区役所前のスペースでジャズが演奏されていました。何時ものように人が多く往来していましたが、歌舞伎町は渋谷に比べれば、落ち着いているのかも知れません。これから、様々な街でイルミネーションが花開く季節になったのですね。
posted by nikki at 16:33| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする