2019年04月15日

カラーテレビ

 今の世の中、カラーテレビはあたりまえ。更にテレビは進化し続けて4K・8Kのテレビまで開発されています。しかし、私が子どもの頃に見ていたテレビは白黒でした。その白黒テレビで力道山のプロレス、「チロリン村とくるみの木」、「夢で会いましょう」などを楽しみました。
 皇太子様と美智子様の結婚パレードの時、ご近所の家ではカラーでその様子を見るというのです。どんなものかと思いきや、白黒テレビの画面の前に、上部が青色で真ん中が透明、下の部分が桜色というプラスチックで出来たフィルターを掛けただけのことで、画面そのものがカラーではなかったのです。子ども心にも、ひどくがっかりとした記憶があります。
 私が大学生の頃、カラーテレビは高級品でした。大学の卒研担当の教授の家も、まだ白黒テレビだったそうで、子どもさんにカラーテレビを買ってくれとせがまれた時、カラーテレビは目に悪いからと言って、白黒テレビで我慢させていたそうです。その教授がお子さんを連れて知人宅に遊びに行った時、テレビでも見ましょうかと言ってスイッチを入れると、テレビの画面はなんとカラーだったのです。そのカラー画面を見た教授のお子さんは、間髪を入れず「あっ、目に悪い」と言って手で目を覆ったそうです。件の教授は、顔から火が出るほど恥ずかしかったと話していました。そんな時代もあったのです。
posted by nikki at 06:14| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月08日

借り物

 人間誰しも、大なり小なりの違いはあっても、何かを所有したいと思う気持ちを持っているものです。それは、物質であったり相手であったりお金であったり、様々なものを所有したいという欲望に捕らわれています。しかし、何かを所有したとしても、それは全て此の世に於ける借り物。私達は死する時、所有していたと思っていたものを、あの世なる所へ持って行くことなど出来ないのです。所有していたと思っていたもの全てを、この世にお返して人生の幕を閉じるのです。自分が自分であった自分の身体ですら、考えてみれば、何方様からの借りものなのか定かではありませんが、やはり借りものなのだと思います。此の世を去る時、お借りした全てのものを丁寧に使わせて頂いてお返ししなければと、この頃思うのです。
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2019年04月01日

都会のケーキ

 都会のケーキは大概のところ値段が高い。ショートケーキ1個が500円や600円は普通。1000円超えのケーキもあります。勿論、1ホールの値段ではありません。そして、そんな高いケーキのなんと小さいことか。高齢者と呼ばれる年齢の私でも、一つではもの足りなくて2、3個ほど食べなければ、食べたという気がしないほどです。パティシェだかカリスマだか知りませんが、とにかく高いのです。お洒落な店のマカロンやチョコレートにいたっては、手間のかかる高級なお菓子なのでしょうが、庶民の私にしてみれば高過ぎます。よって無理して買わないことにしています。お金の有る方は、どんどん食べて下さい。
 上野の不忍池の近くにあるお菓子屋さんは、何時行っても込んでいます。先日などは、店内への入場制限があり、店外に長い行列が出来ていました。その店のケーキは150円から200円ほど、プリンにいたっては50円だったと思います。私はグルメではありませんので、そこの店のスイーツで充分満足しています。
 またまた先日のことですが、横浜駅近くにあるホテルの喫茶部でケーキセットなるものを頂きました。2000円程だったと思います。その時に出て来たケーキの小さいこと。一緒にいたお金に不自由のない女性の方も、でかい皿にちんまりと乗ったケーキを見て思わずでしょう「あら、お上品ね」と一言。私をはじめ居合わせた人皆が、そうだねと頷きました。あまりの小ささに、ちびちび食べたので美味いのか不味いのか、とんと分かりませんでした。今後、多分そこに行くことはないと思います。
posted by nikki at 07:34| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月25日

値段を売る

 ブランドショップをのぞくと、何故こんなに高い値段が付くのだろうかと疑問に思ってしまう。値段が高くなければ、人の虚栄心を満たしはしない。その虚栄心を突いて、この商売は成り立っているのだろう。安ければ誰も見向きもしないかも知れない。つまりは、値段を売っているのだろう。
 何かを求める時に、死んだ母がよく言っていた言葉がある。
「値の高いものではなく、品物の良い物を買いなさい」
 値の張る物が良い物とは限らない。値段で物の善し悪しを判断するのではなく、品物の良い物を見極める目を持つことが大切。付いた値段が本当にその物の価値として相応しいかどうか。それは自分で判断しなくてはならない。値に惑わされることなく、品物の良し悪しを見定めなさい。
 少し値の張る物を買う時、私は、そんな母の言葉を思い出すのです。
posted by nikki at 09:38| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月16日

小さな物語

 いつも行く3階にあるカフェの窓から、新宿の街並みと人の往来を眺めていると、時間が経つのも忘れます。私は時折、そんな風な時間を過ごしていますが、そんな人の流れを見ていると、様々な思いが生まれてきます。街を行き交う人達のひとり一人が、それぞれの暮らしを持ち、人生という物語を紡ぎ、笑ったり、怒ったり、泣いたり、騒いだり、悲しんだり、喜んだり、絶望の淵に立ったり、希望に燃えたりしながら生きているのだなと、つくづくと胸に染みるのです。そんな時、人間っていいなと思うのです。そして、小さな物語が浮かぶのです。
posted by nikki at 07:40| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月11日

重なるものですね

 先日の雨降り、家を出ようとリュックを背負った時、レインコートの肩に付いているボタンがとれてしまいました。時間に余裕があったので、家内に玄関先でボタンを簡単に付けてもらいました。
 雨降りの中、職場に向かって歩いていると、歩道の敷石のチョットした凸凹に靴の爪先が引っ掛かったと思ったら、靴底の半分ほども剥がれてしまったのです。このままでは、歩くのもままならないと思案しました。数メートル先にコンビニがありましたので、これ以上靴底が剥がれないように細心の注意を払いながら、能を舞うような摺り足でゆっくりゆっくり歩いて、そのコンビニに行きました。そこで、速乾性の強力ボンドを買い、イートインの椅子に座って靴底を貼り付けました。正に速乾性、5分ほどもすると靴底はぴったりとくっついてくれました。。
 ホッとしてコンビニを出てから、手袋をしていないのに気が付き、歩きながら傘を持っていない方の手をレインコートのポケットに突っ込み手袋を取り出そうとした時です。今度はポケットに付いているボタンがポンと何処かへ弾け飛んでしまったのです。歩道に立ち止まり、雨の中で小さなボタンを探しましたが、それは見付かりませんでした。
その日は、そんなことが重なりました。何事も三度、その日のその後、何のアクシデントもないまま、仕事を終えて無事に家に帰りました。
posted by nikki at 09:49| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月04日

雛人形、雛道具

 我が家では、四季それぞれの行事を大事にしています。家の中、特に床の間・リビング・玄関などに、その行事に関連したものを飾り付けます。
 我が家にとって特に手間のかかる飾り付けは、クリスマス、お正月そしてひな祭りです。今の時期、床の間には立ち雛の掛け軸。そして、その前に津軽の下川原焼土人形の段飾り、これには津軽特有の小さくて可愛い鳩笛がついています。段飾りと言っても小さなものです。リビングには、亡き母が紙粘土で作ったお雛様や御殿まり、教え子の手作りの蛤を土台にしたお雛様、津和野で買ってきた折雛、更には私達が結婚する時に教え子達から頂いた花嫁花婿の博多人形などが、ピアノやサイドテーブルの上に置かれています。玄関には縮緬古布の木目込み人形のお雛様を飾っています。駕籠や箪笥、三方や屏風などの雛道具も何時しか色々と集まってきて、お雛様達に彩りを添えています。今年は、柳川で求めたつるし雛も仲間に加わり一際賑やかになりました。
 3月3日を過ぎたら早々に片付けなければ、嫁に行く時期が遅くなると言われていますが、我が家では旧の雛祭りの良い時期まで飾っておきます。なにせ、飾るのが一日がかりなら、片付けるのも一日がかりなのです。仕舞ってしまうと、来年までお目見えしないのですから、ゆっくりと片付けます。
posted by nikki at 06:37| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする