2019年08月05日

港街 東京

 伊豆大島に行く用事があり、竹芝桟橋から船で行きました。浜松町の駅で降りて竹芝桟橋まで歩きました。徒歩で5・6分と言うところでしょうか。浜松町の駅や、その周辺で潮の香りを感じたことがほとんどありませんでしたが、竹芝桟橋に近付くと磯の香りというのでしょうか、潮の香りが鼻孔を擽りました。その時、東京都心は海に近いと実感したのです。
 JR水道橋の駅から後楽園に行く時、後楽園橋を渡りながら神田川を眺めると、鴎の群を見掛けることがよくあります。  東京都心は港街なのですね。そんなことに、今更のように気が付くのです。
posted by nikki at 06:51| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月13日

「餡(あん)こ」と「チョコレート」

 私は下戸です。酒類のものを一寸嘗めただけで、目の周りが火照るのが分かります。
父は少し酒を飲んでいましたが、アルコールに全く弱い人でした。母にいたっては酒を全然受け付けませんでした。その分、我が家の一統は、甘い物には目がありません。今も尚、脈々と甘党の家系が続いています。
 世の中に、よくぞ餡ことチョコレートなるものが存在するものだと感謝に堪えません。餡こがなかったなら、今日のような美しく美味しい和菓子は成り立たなかったでしょう。同様にチョコレートがなかったならば洋菓子が如何に、淋しく味気ないものになってしまうことでしょうか。
洋の東西に、よくぞ餡ことチョコレートが発見され考案されたと、毎日のように餡こやチョコレートを食べている甘党の私は、先人達に心の底から感謝するのです。
posted by nikki at 10:30| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月19日

覆水(ふくすい)盆に返らず

 己が発した言葉は、入れ物から零してしまった水と同じで、元には戻らないという意味。
 言ってしまったら、その言葉は責任を伴って拡散します。公にメディアを通して発した言葉であれば、尚更のことです。
災いは口からとは言い得ています。  得てして、言いたいことをそのまま口にすることで、取り返しの付かないことになることがあります。自分が言いたいと思っている言葉は、本当に言わなければならない言葉だったのでしょうか。
 感情にまかせて言う言葉は、特に気を付けなければなりません。
 最近「盗人猛々しい」と感情を露わにして電波に載せて言い放った人が、舌が乾く間もなく、冷静になりましょうと言ったところで、時は既に遅く、正に「覆水盆に返らず」。誰もその人の言葉を信用することはないでしょう。それよりも「冷静になりましょう」と、そっくりそのまま言い返されるだけでしょう。
 自分も、感情にまかせた物言いには、充分に気を付けなければと、つくづくと思う今日この頃なのです。
posted by nikki at 09:54| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月26日

見ない自由

 出演依頼をするテレビ局も、テレビ局だと思いますが、韓国籍だと思われる女性の大学教授が画面に出て来たら、私は直ぐにチャンネルを変えます。
 日本では何でも言える自由があり、その女性は言いたい放題です。それはその人の毀誉褒貶の言葉ですから、別段驚くことはありませんが見たいとは思いません。見ない自由もあるのです。
 チャンネルは便利です。チャンネルを変えるだけで、嫌な人が目の前から消えてくれるのですから。
 古来からある意味合いとは違うと思いますが、次なる言葉をお借りします。
「見ぬこと清し」
 見て毒されるよりも、見ずして心清くありたいと、気持ちを籠めて使わせて頂きました。
posted by nikki at 07:11| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする