2019年11月04日

「異なる思い」そして「謝罪要求」

 人の心は一律ではありません。自分が好きなものでも、他の人は嫌いなものも一杯あるでしょう。自分が思っていることや感じていることが、他の人と異なることは当然のことです。その違いを互いに認めるところから、人と人そして国と国の良き交流が始まります。自分の一方的な主張のみでは、小さな諍いを招き、更には大きな諍いに繋がると思うのです。それは、人と人の間でも、国と国との間でも言えることなのではないでしょうか。
 近年、謝罪を求めることが何と多いことか。祖父の代以前に戻っての謝罪要求まであります。謝罪したとしても、それで満足している様子は見えません。更に恨みだけを募らせているように思えます。そして、その負の連鎖を子孫に繋ごうとしている人達もいます。これでは世の中、平和になる訳がないと思います。憎しみを越えたところから、より良き未来が開けてくるのではないでしょうか。
posted by nikki at 09:54| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月11日

パパ友

 先日、三軒茶屋のハンバーガー屋で、軽い昼食を摂っていた時のことです。それぞれに2歳ぐらいの男の子を連れた2人のパパ達が向かいの席に着きました。子ども達は遊びながらハンバーガーを食べ、パパ達も談笑しながらコーヒーを飲んでいました。ママ友ならぬパパ友なのでしょうか。無骨ながらも健気に、幼い子ども達の面倒を見ながらも、男同士で結構、会話を楽しんでいるようでした。ママ達は仕事でしょうか、それともママ友の集まりにでも行っているのでしょうか。新しい時代の父親像を垣間見た思いでした。店を出て秋の空を見上げると、一点の雲もない空が広がっていました。
posted by nikki at 09:25| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月16日

枯葉色

 装う色にも季節がある様に思います。秋も深まった今の時期、服装に取り入れたい色は、やはり枯葉色でしょうか。厳密には違うかも知れませんが、黄土色の少し濃い目のものを、私はそう呼んでいます。ジージャンの下のニットセーターや、防寒用のマフラー、ズボンやスカートを枯葉色にすると、何となく秋の季節を身に纏っているようで、しっくりします。着物の柄付けに、紅葉した葉とか菊の花などを染めたものが、今の季節に多く見られます。絵柄で単刀直入で秋の季節を取り入れることも素敵ですが、何気なく枯葉色の無地の着物を着るのも、押しつけがましくない奥ゆかしさを感じさせます。そんな装いの和装の女性を、先日街で見掛け思わず1人で頷いてしまいました。
 日本の深まる秋に、落ち葉色ほど似合うものはないのかも知れません。単なる私の独り言ですが。
posted by nikki at 16:11| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月25日

良い関係

 今生きている人達に、当事者としての責任のないことを何時までも言い募り、上から下まで皆がこぞって憎しみを心に抱きながら、賠償という金品を要望し此方に向かう相手とは、仲良くなれるはずはありません。それは道理です。
 銅像は称えるべきものであり、憎しみを拡散させる道具ではありません。ましてやこの銅像は芸術でもないでしょう。
 此方の寺にあった仏像を無断で取っても、裁判所がその行為を正当と認める相手に、心が開くでしょうか。
 今回の延期は、彼の国を見てのことで、此方に配慮したものではないことは、誰でも分かることです。この延期とホワイトの件、スワップの件は全く別物であること、仲良くする条件にはならないことを知って貰うべきでしょう。
 話し合いは継続することが大切です。また、此方と仲良くしたいと思っている人達がいることも忘れてはなりません。そのような方々とは今までのように繋がっていたいものです。お互いに、責任転換をすることなく、真摯に話し合いを続けるべきでしょう。
posted by nikki at 09:27| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする