2019年04月22日

人を雇うということ

 今の世の中、人を自分(企業や商店も)の都合のよいように雇い入れて働かせ、自分の利益のみを考え、使用人の生活のことなど視野の外にある人が大勢います。
 パート、アルバイト、派遣、契約社員、嘱託など、必要な時だけ、時間給や短期間で雇い入れて、必要がなくなったらはい終わり、もう来なくても良いですよというような塩梅です。そんな人の使い方が、当たり前になってはいけません。。
 日産だけではありません。大胆な人員削減を行い、多くの人達を路頭に迷わせ、死人まで出ているという現実をどう見ているのか、事業が軌道に乗った後もパートや派遣などとご都合主義の人員確保、自分達の報酬は、そのパートや派遣などの人々によって得られていることなど、見知らぬふりです。
 大手コンビニ会社は、パートに様々な物を作らせ、それらの食品や品物を各コンビニに卸して儲けています。売り場でも、明日になんの保証もない安い時給で働くバイトやパートが、それらの食品や品物を売り捌いています。その儲けから様々な契約を盾にして、更に金銭を上納させています。まるで、昔の地主と小作農を見る思いです。がんじがらめにオーナーを締め付け、働けるだけ働かせる商法から人達の生活を思いやる様子は、全く見えてきません。昔の日本の社会は、企業にしろ商売人にしろ職人にしろ、後継者を育て、将来の生活をきちんと成り立たせるような人情があったと思います。
 私の父は生前、田舎で小さな農機具屋をやっていました。農機具の販売と修理です。人も雇っていましたが、農繁期は正に猫の手も借りたいほどの忙しさでした。もう一人雇い入れたらと、私が父に言ったことがありました。その時に父は、こう私を諭しました。
「人を雇うということは、その人の生活を保証することだ。それはその人の生涯に繋がらなければならない。それが雇用主の責任だから滅多な気持ちで人は雇ってはならない。雇ったならば、その人の生活に責任を持たなければならない。だから安易な気持ちで人を雇い働かせてはいけない」。
 皆、自分の生活のために一生懸命働いているのです。人を働かせておいて、その人の生活を保証できないようなシステムや、社会保障もないまま必要な時だけ働かせることを良しとする考えが蔓延するならば、その国の未来は決して良くはならないでしょう。
 ましてや、就職氷河期に遭遇した今の三十代・四十代に、将来の希望が持てる就職の場を提供し、彼等の生活を安定させなければ、先々日本は成り立たなくなるでしょう。
 改めて、バートや派遣制度なるものを推進した薄情な人達の責任を問いたいものです。
posted by nikki at 08:53| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする