2022年03月28日

遠慮と配慮

 周りの人は、どう見ているか分かりませんが、私は若い時から、どちらかというと遠慮深い方だと思っています。人の気持ちを慮るため、遠慮がちになるのです。しかし、それが度を過ぎると、相手は図に乗るというか調子に乗るというか、そんな様子になるようです。
 最近になって、やっと思い至ったのです。言いたいことは別にして、伝えるべき事、話すべき事は遠慮せずにしなければならない、そこをはっきりと伝えることが大切だと。しかし、その為には、伝え方や言い方、相手を思いやることに心しなければならない。つまり、遠慮はしないが配慮は必要だと考えるようになったのです。
 人生の折り返し地点を疾うの昔に通過した自分。あと何年の人生か分かりませんが、そんなふうに生きて行きたいと思うのです。
posted by nikki at 10:29| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月21日

電車の中の春

 三寒四温のこの頃ですが、確実に温かくなっています。
 我が家の庭木や草花も、時を違わずに春の花を咲かせています。「五万石」という紅色の小さな椿が沢山の花を付けています。椿というと冬の花のように思うかも知れませんが、その漢字は木偏に春と書くくらいですから、春に美しく咲くものも多いのです。連翹も毎年今頃、桜より一足先に咲き始めます。
 街行く人達の服装も、春めいてきました。電車に乗ると、人々の冬から春への衣替えをしみじみと感じることがあります。それは見た目のことでもありますが、更に実感するのは、シートに座った時のゆとりの幅です。冬にはぎゅうぎゅうに詰めて座わっていましたが、最近は人と人の間隔にゆとりがあります。このゆとりに春を感じるこの頃です。
posted by nikki at 06:54| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月14日

収集は創作

 先達てテレビを見て、「収集は創作だ」と言っていた人がいたことを知った。新たにオープンした美術館の基礎となるコレクションを寄贈した人の言葉だった。今まで、そんな風に収集というものを捉えていなかった私だったが、その言葉を聞いて、その意味がストンと胸に落ちた。私は、茶席の設えに、その言葉を当てはめたのである。
 喫客を迎えるために、茶人は自分の収集した道具を組み合わせて茶席を設える。茶人は自分の目でその価値を見定めた道具を収集している。その中から、軸、花入れ、釜、水指、棗や茶入れそして茶碗などを選び出して、一席を整えるのである。それは正に創作でしかない。その創作という行為は、収集があって初めて成り立つものである。
「収集は創作」
 この言葉は、茶人にこそ当てはまると私は納得したのである。
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2022年03月07日

負けず嫌い

 勝ち気な人が、よく言います。「私は、負けず嫌い」と。
 確かに、その人は負けることが嫌いなのでしょう。しかし、負けることが好きな人は、いるのでしょうか。誰でも負けることは嫌いなはずです。オリンピックを初めどのようなスポーツの試合でも、参加したからには1位になりたいと思って闘うのではないでしょうか。よしんば、力の優劣がはっきりして1位になれなくとも、誰かには勝ちたいと思って試合に臨んでいるでしょう。ライバル心は、相手に負けたくないという心。受験競争。出世競争。人生、様々な所での競争があり、当然勝ち負けがついて回ります。そんな様々な勝ち負けに、人は一喜一憂します。しかし、何時も自分の思うように行かないのが人生。例え、一時は思うようにいったとしても、勝ち負けだけに固執すると、必ずどんでん返しを食らうでしょう。何時までも勝ち負けだけに拘っていると、大切な人生を頑なにしてしまい、本当の価値あるものを見失ってしまいます。かく言う私も、勝ち負けに拘って来ました。しかし、七十を過ぎた今、人の道を外れずに自分の色で生きて行くことが、一時的な勝ち負けよりも大切な事だと、遅まきながら気付いた私です。
posted by nikki at 07:04| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年02月28日

ズボン

 私達は、ずっとズボンと言っていましたが、何時の頃からかパンツと呼ぶようになりました。私達の年代では、パンツと言えばアンダーウエアで、柄パンなどを意味しますが、これはイギリスの影響なのだとか。私は今以て、ズボンと呼んでいます。
 そのズボンも流行によって、細くなったり太くなったり、タックの有無、股ぐりの深さ、ボトムの幅、裾の折り返しの有無など、微妙に変化しています。15年ほど前からでしょうか細身のズボンが主流でしたが、此処数年、男女を問わずダボッとした太めのズボンを履いている人が目立つようになりました。
 父の形見の背広(スーツ)があります。多分、昭和30年代後半に仕立てたもので、今はもうないテーラーのタグが台襟の裏に付いていて、前身ごろの内側にネームの刺繍があります。そして、ズボンの前開きがチャック(ファスナー、ジッパー)ではなくボタンなのです。今から60年ほども前のものですが、木地も仕立てもしっかりとしていて、捨てるには勿体なくてずっと取っていましたが、今になると流行の最先端という感じで、なかなか新鮮な感覚の背広です。この背広、最近は通勤時にもよく着て行きます。嫌なことがあった時など、この背広を身に纏うと、優しかった父に守られても居るような気持ちにもなるのです。親とは有りがたいものだと、亡くしてからつくづくと思い入るのです。
 「流行は繰り返す」と言いますが、その諺を亡父の思い出と重ねながら、実感している今日この頃です。
posted by nikki at 17:57| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年02月21日

徳不孤必有隣

 「論語―里仁」の一節にある言葉です。
 これを私は「徳は弧ならず 必ず隣にあり」と読みました。浅学の私には、その深い意味は定かには分かりません。しかし、この言葉を目にした時、こう思ったのです。
「自分を善き行いに導いてくれる人は、孤立した高みにだけ存在するのではない。徳のある人は必ず自分の近くに存在する」
 私の廻りには様々な人がいます。騙す人もいれば、人の欠点を探して悦に入る人、くどくどと自分の主張だけを繰り返す人、嘘をつく人、自慢たらたらの人、何かあれば責任を全て他人になすりつける人などなど、枚挙に暇がありません。そんな人達に紛れて、徳のある人は必ず自分の近くにいる。私は、そう思ってずっと生きて来ました。実際、私が仰ぎ見る人、尊敬に値する人、私を勇気付けてくれる人達と多く出会っています。
 これからも、身近にいる徳のある人と水の如く淡いお付き合いをし、心豊かに過ごして行きたいと切に思うのです。
posted by nikki at 07:19| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年02月14日

日本のチョコレート

 先達て、新宿の街を歩いていたら長い行列が出来ていました。それも全て女性。2月14日のバレンタインデーの為に、有名な外国パティシエのチョコレートを求めようとする行列でした。
 チョコレートと言えば、ゴディバが有名ですが、ハワイに行った時、お土産屋さんの通用口に、無造作に山積みされたゴディバの箱を見て、日本では、あんなに有り難がって頂いているのに、こんな物かと興醒めしたことを思い出します。
 以前ベルギーでノイハウスのチョコレートをしこたま買ってきたことがありました。アメリカの知り合いから、宝石箱のような箱に入ったチョコレートをお土産に頂いたこともありました。それらの外国製のチョコレートは、それぞれにお洒落に包装され、美味しいと思いました。しかし外国のチョコレートや日本の物でも吃驚するような高価なチョコレートでなくとも、今は、手頃な値段で美味しい日本メーカーのチョコレートが沢山あります。
 私は、小さい時から人並以上にチョコレートが大好きで、それは今も変わらず、昔のヨーロッパの王侯貴族ではありませんが、太るとは知りつつも、毎日、日本メーカーの庶民的な価格のチョコレートを存分に食べています。一粒がこんなに高い値段なのかと驚くようなチョコレートを、味も分からぬほどチビリチビリと有り難がって食べるより、安心出来る値段のチョコレートを心ゆくまで味わって食べる方が、庶民の私にはあっているようです。
posted by nikki at 09:33| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする