2020年12月06日

月に叢雲(むらくも)

 先日の通勤帰り、夜の8時過ぎ頃に自宅最寄り駅の改札口を出て帰路についた時、真っ正面の夜空に丸い月が、棚引く叢雲にかしずかれるようにしながら、煌々と輝いていました。嗚呼、美しいと思わず呟きました。
「月に雲間のなきは嫌にて候」
 これは、佗茶の創始者と言われている村田珠光の言葉と記憶しています。この言葉の通り、その日の月は雲間に浮かび、その風情には威厳すら備わっていました。月と言えば秋と言う一つ覚えを超越した美しさがありました。
 早稲田大学の「會津八一記念博物館」の大階段の途中に飾られた横山大観と下村観山合作の「明暗」の絵を彷彿としました。この「明暗」は朝日を表現しているそうですが、日本古来からの「わび」「さび」の境地にある作品としてみれば、月に叢雲とみても、あながち誹りを受けるものでもないと思うのです。
posted by nikki at 16:50| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月30日

禁花(山茶花)

 下記のように『南坊録』覚書に禁花の項があります。
「花生(はないけ)にいけぬ花、狂哥(歌)に、 花入に入れざる花は、ちんちょうげ(沈丁花) 太山(みやま)しきみ(樒) けいとう(鶏頭)の花 女郎花 (おみなえし)ざくろ(柘榴) こうほね(河骨) 金銭(盞)花(きんせんか) せんれい花をも嫌う也けり」 (東洋文庫201「日本の茶書T」林屋辰三郎他著 平凡社1994年)
 匂いがきつい、色が毒々しい、棘がある、名前など諸々の理由から、茶席には飾らない方が良いとされる花を教えています。
山茶花(さざんか)も禁花として扱う方もいます。理由としては、名前に「茶」の字が入っているからとか言われていますが、名前は人間が勝手に付けたもので、花そのものには何の拘りもないはずです。垣根の山茶花がまだ咲かない時に、膨らんで今にも咲きそうな山茶花の一番花を、私は、茶席に飾ることがあります。椿にはない人懐(ひとなつ)っこさがあるように感じ、席が和むような気がします。
posted by nikki at 11:35| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月23日

ステイホーム

 またコロナの感染が拡大しています。それを防ぐためにステイホームが叫ばれています。しかし、ステイするホームのない方もいます。
 仕事はオンラインで家でして下さい。それが推奨されています。その反面Go toトラベル、Go toイートなる施策により、旅や外食を推し進めています。仕事は制限され、遊びは推奨される昨今。
 いくらコロナ禍中であっても、心配りを忘れずに、そして仕事の大切さを忘れないでいたいものです。
posted by nikki at 10:05| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月16日

健気な薔薇

 5月の連休前後から、我が家にたった2本しかない、カクテルとナエマという蔓薔薇が、黒点病になりました。葉に濃い茶色の斑点が表れたのです。
 初めは、斑点が出た葉を一枚一枚と手で取り除いていたのですが、殆どの葉に斑点が出来てしまい、もう手で摘み取ることが不可能になるほど全体に黒点病が広がりました。私は、慌てて防除薬を2本の薔薇に噴霧しました。手当が遅かったようで2本の蔓薔薇の葉が次々と散っていきました。もう手遅れになって蔓薔薇を2本とも殺してしまったかなと思いましたが、健気にも枝の先に僅かに葉の新芽が出て来た時には、ホッとしました。葉が茂るほどに回復はしませんでしたが、死んではいないようでした。しかし、新芽が出て程なくしてから、ナエマの方の新芽が萎れてきたのです。よくよく観察すると、根元におがくずのような物が小さな山を作っているのを発見しました。園芸の本で調べてみると、カミキリムシの幼虫が幹の中にいて、中を食い荒らしているようなのです。またまた、それ用の防除薬を買って来て、根元に開いた穴から幹の中へ噴射しました。1度目は、充分に噴射されていなかったらしく、また3日ぐらいすると、おがくずのようなものが根元に広がっていました。再度、念入りに薬を噴射しました。やっと利いたようでしたが、もうナエマは、息絶え絶えと言うところでした。カクテルも弱々しく生きているという状態で暑い夏を乗り越え、心地良い秋も一時、肌寒い初冬を迎えました。そして、なんと11月に入ってから、どちらの薔薇も花を付けたのです。2本とも四季咲きの蔓薔薇ですから、毎年12月に入るまで花を付けていたのですが、今年は咲かないだろうと諦めていたので、薔薇の蕾を見た時には、本当に嬉しくなりました。我が家の薔薇にとっては病気や害虫との長い戦いでした。
 そして、その薔薇達から教わったのです。こまめな注意と予防対策をとっていれば、私達も、このコロナを乗り越えられるのだと。コロナが蔓延し、今は私達の生活にも大きな制約を余儀なくされ、辛い日々を過ごしていますが、近い将来、コロナに打ち勝つ日が必ず来ることを教えられました。
posted by nikki at 10:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月09日

ひつじ雲

 先日、仕事の帰り道、靖国通りと明治通りの交差点で信号待ちをしていた時のことです。手持ち無沙汰にふと視線を西の空に向けると、そこに夕焼けに染まるひつじ雲が広がっていました。東京にも、四季の移ろいを感じさせる大空があるのです。あまりの美しさに、同じように信号待ちをしていた人が、スマホを取り出して、その光景を写真に撮っていました。秋特有の高い空に、ふわふわとした毛並みのひつじが一面に並び、その純白の毛並みを朱に染めた様子は、高層ビル群とコラボして一抹の淋しさを含みながらも、都会の華やかさを引き立てていました。
 ひつじ雲、正式にはなんと言うのか分かりませんが、私が、この雲の名前を知ったのは亡き父から教えられたからです。記憶の中の若い父と何処で見たのか全く覚えていませんが、父が空を指差して、その雲の名前を教えてくれたことだけは、美しい雲の情景とともに私の脳裏に今でも鮮明に甦るのです。優しかった父の面影を都会の空に見出した一時でした。
posted by nikki at 06:40| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月02日

嵯峨棗(さがなつめ)

 先に、大津絵のことを書かせて頂きましたが、嵯峨棗も同じような流れの中にあると思います。実際に手にとって見せて貰ったことがありますが、その棗の持つ温かさや風情は、何とも言い難い魅力に溢れていました。
 嵯峨棗は、桃山時代から江戸時代初期頃、京・嵯峨嵐山あたりの名も無い細工師が作ったもので、漆の塗りも薄く、蒔絵も平蒔絵で、使っていると徐々に剥げてくるような塩梅の安価な土産物だったと聞き及びます。しかし、名工が作った棗にはない素朴な温かさ、そして贅沢ではない華やかさがあります。絵柄は桜が多いようです。嵐山見物の折に、市中の民が、土産物屋の軒先で、あれこれと吟味しながら、町棗を選びお土産に買い求めている様子が見えて来そうです。
 出来得れば、一つ欲しいものだと思いますが、まだご縁がなくています。
posted by nikki at 07:32| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月26日

大津絵

 茶席の待合の床などに、古い大津絵が掛けられることが多い。
大津絵は、その名の如く滋賀大津で描かれ出回った絵。江戸時代、東海道を行き来する旅人達のお土産品で、庶民的な民画とでも言えます。画題は、「鬼の寒念仏」「瓢箪鯰」「藤娘」などが多く見受けられます。素朴な味わいが茶席の待合(寄付)にも相応しく、観ていてホッとします。 お土産品として職人が描いたものですから、どの大津絵も作者は分かりません。
 今の時代、様々な物が、中身よりも作者や会社の名前が優先して値が付けられ取引されています。ブランド品は正にその極みと言って良いでしょう。ブランドのロゴが、でかでかと入っているものを身につけたり、持って歩いているのを街でよく見掛けますが、そのブランドの宣伝をボランティアでやっているようなものだと私は思います。品物はしっかりとした目で見て、時が経つほどに味が出て育つものを持ちたいものです。
posted by nikki at 07:19| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする