2019年02月25日

物事の決着

 人間には感情もあれば理性もあります。理性を働かせれば、一つの前を向いた決着点が見えてくると思うのです。
 一方、感情のままに言動するならば決着点はありません。感情をエスカレートさせるのも感情ですから。
 不幸にも、洋の東西を問わず、今まで人が歩んできた負の流れは、全て人間のコントロールを失った感情と欲望の果てに起ったものだと思います。
 自分が正しいと思うことを主張するのであれば、何時の時代でも、人間社会の理性の場に於ける客観的な調停が必要でしょう。そこから、意味ある未来が始まるものだと思うのです。
posted by nikki at 06:51| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月18日

アンケート

 国は、全国の児童相談所に緊急のアンケート調査を実施するという方針を打ち出したとニュースで見ました。どのようなアンケートかは分かりませんが、手間のかかるアンケートであれば、現場は大変だろうなと思いました。それでなくても、人手不足で一杯一杯の状況に置かれている児童相談所。その上に面倒なアンケートを強いられて、一層手不足になることを懸念します。国は、都道府県にアンケート調査を指示し、それに答えるべく都道府県は現場の児童相談所に作成させる。何時ものパターンでしょう。アンケートの正確さを目指すならば、それに要する人手と予算、調査期間についても十分な配慮が必要であることを忘れないで欲しいものです。
 また、これを機に、毎年、国で行われている悉皆調査の内容も、見直しては如何でしょうか。国会議員の数が多すぎます。議員の数を減らしてそれぞれの担当者を増やすなど、国全体で使う人件費も見直しては如何でしょうか。
 国会議員等の人数の見直しは、国会議員ではない人達が検討し、それを尊重して決議する様な法改正が必要です。これには、国民投票が必要でかつ重要でしょう。議員達に任せては、自分達の都合のよい優先ですから。
posted by nikki at 07:31| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月13日

雪の朝

 目覚めると聞こえる小鳥の囀りや、底に蟠るような街の雰囲気が、今朝は何も聞こえませんでした。雪が降っているのだろうと思いながら寝室のカーテンをそっと開くと、小粒な雪がちらちらと舞っていました。こんなに小さな雪でも街の騒音を吸い込むことを知りました。以前暮らしていた青森の冬を思い出しました。こんこんと降る雪は、人間世界の雑音を一切吸収して、しんしんとした幽玄の世界を作り出します。あのキーンとした空気の外に出て、寒さを忘れて空から降りてくる青白い雪をずっと眺めていた青春時代を思い出します。美しい雪の思い出として、今も胸の中に降り積もっているのです。
posted by nikki at 10:19| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月04日

三度目の春

 節分を終え、いよいよ立春。長い冬も少しずつ先が見えてきたように思います。
 十二ヶ月を四つの季節で分けると、11月・12月そして1月は冬と定められています。しかし、この冬の時期に日本人は既に二つの春を迎えていたのです。一つは冬至。二十四節気の一つで、夜が一番長く昼が一番短い日ですが、この冬至を境にして日一日とまた昼の時間が長くなっていくという一つ目の春を、12月の22日頃にまず迎えるのです。それから、お正月。初春、新春を言祝ぎ迎えて二つ目の春を過ごします。そして立春。三つ目の春を暦の上で確認しつつ、長く厳しい冬を乗り越えて、日本人はいよいよ、暖かな本当の春を迎えるのです。
posted by nikki at 07:49| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月28日

個性的な服装

 流行のファッションを追いかけている人は、既に流行に遅れている。流行(はや)ってから、その後を追いかけるからである。流行は一種の真似である。自分に似合うかどうかなど関係ない。つまり、流行は自分を中心とした服装ではなく、何処かで作り出されたもの。その人に似合うか似合わないかなど眼中にない。
 服装で大切なものは、流行よりも個性だと思う。個性は流行には関係がない。そして、時として流行の先端にもなり得る。流行を追いかけるよりも昔の装いをリメイクした方が、余程個性的。東京は個性的な服装に大らかな街。この年になって、私も随分と自由に服装を楽しんでいる。特に若い時分に来た服やズボンなど捨てられずに取ってあったものを、様々に活用している。財布にも優しい個性の演出だと自負しているこの頃である。
posted by nikki at 09:26| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月22日

前チャック

 先達ての朝のことです。大混雑の通勤電車でぎゅうぎゅうの人に押されながら立っていると、途中駅で前の座席に座っていた人が降り、珍しくシートに座ることが出来ました。皆さん着膨れしているので座るスペースが窮屈で、少し浅く腰掛けました。そして見るともなくふと前を見ると、丁度目の前に立つ、丈の短なコートを着ている男性の前チャック(ファスナー)が開いているのが見えたのです。彼はそんなことに気も付かず、スマホを見ています。このままで電車を降りて移動すると、チャックが開いているのに気が付かないまま、多くの人とすれ違うことになってしまいます。開いていることを教えたいのですが、声に出して伝えると回りの人達にも分かってしまいます。私も今までに何度も前チャックを開けたままで闊歩し、随分と後になってから気が付いて、一人顔から火が出るほど恥ずかしい思いをしたことがあります。ここは男同士の情け。なんとかこっそりと教えたいと思いました。
 私は、何時も鞄の中にメモ用紙とボールペンを入れています。座っているので、それらを取り出してメモすることは容易です。
「前チャックが開いています」
 電車の揺れの合間に、そう走り書きしたメモを、彼が持っているスマホの横に差し出しました。彼はすぐその紙切れのメモに気が付き受け取りました。私はすぐさま目を閉じました。彼が前チャックを閉める気配が伝わってきました。
 その男性は、三つほど駅を過ぎたあたりで電車を降りて行きました。私は電車が動き出してからそっと目を開けて、鞄から本を取り出して読み始めました。
posted by nikki at 10:01| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月14日

 23年前に亡くなった母親の夢を見ました。何を話したのか目覚めた時には、すっかり忘れていましたが、穏やかで優しい表情の母であることは確かに覚えていて、温かな気持ちになりました。
 母は生前、
「普段から身綺麗にしていなさい。死んだ後に皆さんの夢に出てくる時は、よそ行きの姿でなく日常の姿、普段着の恰好で出てくるからね」 と口癖のように話していました。
 そう言う母は、確かに普段からおしゃれな人でした。母は、家の中のいたるところに鏡を置いて、普段から身なりに注意を払う人でした。
 先日見た夢の中の母は、どんな恰好だったか漠然としていますが、おしゃれな日常の姿だったように思っています。
posted by nikki at 11:05| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする