2018年09月02日

いじめた生徒は?

 先達て、青森市の女の子がいじめを苦にして自殺したことに対し、その女の子の親に学校長が初めて謝罪したというニュースを見ました。父親の無念さは、想像を絶するものと思います。学校にも、学校長にも、教師達にも、重大な責任があります。しかし、一人学校長が頭を下げて、それで良いとは言えません。同じ学校にいた教職員は勿論、教育委員会を始め多くの教育関係者の猛省が必要です。
 そうして、もう一つ。いじめた生徒達は、一体どのような指導を受け、どのように自分達のやったことの罪深さを反省し改めようとしているのでしょうか。そのいじめた生徒達の保護者は、どのような自覚を持っているのでしょうか。ニュースを見る限りでは、学校と教師だけの問題とされているよう見えます。そこがとても心配です。口を噤んで何もなかったことにしてしまうのでしょうか。子どものうちに、悪いことは悪いこととしっかりと教え諭すことこそが、大人の役目でもあります。自分達のやったことに深い反省がなければなりません。それが、次なるいじめの防止にも繋がっていくのではないでしょうか。
posted by nikki at 14:37| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月27日

買い出し 御徒町

 御徒町駅に降り立つと、気持ちが高揚します。
「よし買うぞ」と、買う気満々。我が家の皆は、刺身大好き、魚卵大好き。それは孫も同じです。例外は私だけ。私は、刺身をあまり食べません。嫌いと言うよりも、申し訳ないのですが食べたいと思わないのです。しかし家族が好きなものをお腹いっぱい食べている光景を見ているだけで、とても嬉しくなります。だから御徒町ではマグロやサーモン、たこ、筋子にたらこ、ウニなどを買います。御徒町は、これらのものが安く買えます。それでも気が付けば、一万円ほど買い物をしていますが、そのつもりで御徒町に来ていますから、それで満足なのです。家族が美味しいと言いながら、笑顔で食卓を囲む時、私は幸せを感じます。
 だから御徒町への買い出しは、私の幸せな一時でもあるのです。
posted by nikki at 09:05| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月20日

無残やな 幼き女性の 厚化粧

 歓楽街の花屋で売られている花束やアレンジフラワーは、一種独特の雰囲気を持っています。それは、夜の女性の妖艶さに負けないための工夫なのかも知れません。その一つとして、薔薇や百合の花などに金銀のラメを振り掛けデコレーションしているものを、毎日のように見掛けます。薔薇や百合の花は、それだけで豪華で美しく、その上、豊かな香りまで漂わす、自然美の冴えたるものでしょう。その花に、更なるデコレーションは余計なものだと思います。そんなデコレーションは、本来の花が持つ生命力と美しさを傷付けています。金銀のラメを振り掛けられた薔薇や百合を見るたび、その無残な姿に居たたまれない気持ちになります。それと似た感情は、幼き女性達の厚化粧にも言えます。学校の制服らしいものを着て厚化粧をする幼き女性達を見ると、素顔の美しさを無残にも打ち砕いている暴力的なものさえ感じてしまうのです。
 無残やな 幼き女性の 厚化粧
何処かで聞いたような川柳が、ふと頭に過ぎりました。
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2018年08月12日

太陽と北風

 皆さん、よくご存じのイソップ寓話の中に「太陽と北風」というお話があります。旅人のマントをどちらが脱がせることが出来るか、太陽と北風が競い、力尽くでマントをはぎ取ろうとした北風は失敗しましたが、優しく微笑む太陽がその温かさで旅人のマントを脱がせることが出来たのです。誠に良くできたお話しで、「柔はよく剛を制す」を教えています。しかし、如何に太陽と雖も、その温かみが限度を超えてはなりません。この頃の猛暑、正に人間が耐えうる限度を超えています。風や波そして雨によって何かが破壊されたというような悲惨な状況を目にすることはないのですが、この暑さは災害としか言いようがありません。「災害」とは人に災いし害を及ぼす自然現象のことなのですから。
 何事も過ぎたるは及ばざる如し、限度を超えるものには、細心の注意が必要なのです。
 人を教え諭すことにも、それは通じます。優しいだけではいけません。しかし、厳しいだけでもいけません。優しさが必要な時、厳しさが必要な時、それを見極めてこその教育だと思うのです。
posted by nikki at 07:43| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月06日

年齢的ステロタイプ

 こうだから、こうだ。人はよく、物事を一括りにして考えがちです。その方が、手っ取り早く皆を納得させられるということがあるのかも知れません。数の上から見ると確かに、その傾向の大なるものがあるのかも知れませんが、人間は百人百色、ある条件で全てを括ってしまうことは出来ないと思います。特に、年齢だけで人を一纏めにしてしまう傾向があります。例えば電車の座席。お年寄りに席を譲らずに座り続ける若者を思い遣りがなく自分勝手だと回りが思っても、その若者は夜勤明けかも知れないし、傍目では気が付かない障害や極度の疲労状態にあるかも知れません。また、お年寄りの中には、まだまだ元気だと自負している方が電車で席を譲られて、がっかりしてしまうと言う場合もあるでしょう。
 この頃、高速道路の逆走事故が多発しています。その事故のたびに、高齢ドライバーは危険で、認知症傾向にあるなどと言われますが、高速道路での逆走事故を起こしている人の年齢割合は、65歳以上とそれ以下では大体半々なのです。
 確かに年齢に応じて自分の身体的な衰えを確認しなければなりません。それは、その人のなすべきことですが、年齢だけで他人を、こうだと一括りにしてしまうことも良いことではないと思います。そうは言っても高齢者は、やはり体力的には若い時のようにはいきません。より精神的な智恵的なそして経験的なことで若者に頼りにされたいものです。
posted by nikki at 06:57| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月30日

疲れた花

 朝の9時半頃、新宿歌舞伎町を通ることがよくあります。昨夜の、いや今日の未明、いや朝日が昇る頃まで、男女の駆け引きが渦巻く夜の世界。その中で咲き続けていた花が、疲れ切った姿で、花屋の店先に帰って来た姿に、何時ものように出会うのです。夜の世界に咲く男と女の徒花のように刹那に咲き乱れた花は、朝の光に萎れてしまうのでしょうか。そして歌舞伎町という不夜城に、その短い命を捧げるのでしょう。 朝の光を待ち望んで咲いた花は、疲れ切って朝の日差しに消えて行くのでしょうか。
posted by nikki at 09:16| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月23日

参議院定数6増

 参議院の定数が6人も増になってしまいました。一体、何を考えているのでしょうか。極論を言えば、参議院はなくても良いとさえ思っている私には、税金の無駄遣いを更に増やしたとしか思えないのです。国民の中で、明日どのように生きて行けば良いかと、途方に暮れている人達が大勢いるというのに、政治家達のご都合で、またも大枚の税金を無駄遣いしているように思えてなりません。
 選挙活動が始まると、就職活動をしているとしか思えない政治家達。政治を食い物にしているという印象です。選挙演説も実のない空論ばかり。誰にも清き一票を入れたくないと痛切に思うのです。
 もっと金のかからない政治家でなければなりません。政治家が世襲のような状態になっていることも異常です。それを支えている後援会という組織も見直さなければならないと思うのです。政治家達は、口を開けば国民のため国民のためと偉そうに一つ覚えのように唱えていますが、参議院定数6増は、国民にとって一体何の利益があるのでしょうか。甚だ疑問なのは私だけでしょうか。
posted by nikki at 06:25| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする