2016年12月27日

能ヶ谷通信

祖国


今年、様々な議論を巻き起こした言葉「日本、死ね」。このような言葉を発するには、相当な怒りと苦痛が伴ったことと思います。しかし、母国を死ねと言って良いのでしょうか。日本の国がなくなったら、あなたは何処へ行くのでしょうか。
 この言葉を聞いた時に私は心から驚き、そして悲しくなりました。また、これを政争の具に使った人達にも疑問を感じます。
 世界には様々な理由で愛する祖国を辛い思いで離れ、他国で暮らしている人達が沢山います。そのような人達に、この言葉は一体どのように受け止められているのでしょうか。


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2016年12月19日

能ヶ谷通信

作法


 先だって、護国寺で大きな茶会がありました。7席ほどの茶席があり、各流派の方々が担当しておられました。それぞれの席で点前を拝見し、お茶を頂きました。各流派とも特徴があり工夫があり十分にお茶を堪能しました。作法は流派によって違いますが、それぞれが美しい所作で美味しいお茶を点てて下さいました。
 各流派で事細かな作法が言われますが、それは一つの作法に過ぎないのだと思います。要は、いかに相手を敬い、美しい所作で、美味しいお茶を点てて進ぜるか、相手の心持ちを良くするかではないのかと思うのです。一つ一つの作法の持つ意味は、それに尽きるのではないでしょうか。それを忘れたならば、お茶は形骸化されてしまうと思うのです。
 何の為にお茶をしているのか、もう一度自分に問い掛けてみる良い機会になりました。


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2016年12月16日

美しい言葉

美しい言葉


 十二月になって、「今年の新語」「今年の流行語」が発表されました。私の耳に聞き慣れない言葉が多くありましたが、その言葉の意味を聞くと、なるほどと思うことが多いです。また、面白いなと思う言葉もあります。言葉は時代によって変わって行くもの、新たな表現が出てくるのだと思います。しかし、一つだけ望むことがあります。それは、美しい言葉であって欲しいということです。故意に、他人を傷つけたり貶める言葉であってはなりません。言葉は人と人を結び付けるために使われるものだと思うのです。


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2016年12月05日

能ヶ谷通信

映画「この世界の片隅に」を観て


 派手な映画ではありません。オシャレで格好のいい恋愛映画でもありません。時代も第二次世界大戦前後の市井の物語で、華やかさはありません。
 しかし、心に深く沁みる映画でした。観終わった後に、切ない感情と優しい気持ちが徐々に込み上げてくる映画でした。
 戦争を声高に非難することもなく、原爆投下に激して憤ることもなく、我が身に起きる幾つもの不幸を責めることもなく、それらをただただ純粋に受け入れて生きていく主人公「すず」と回りの人達の小さな生き方を、丁寧に丁寧に描きだした珠玉の映画でした。気が付けば頬が涙で濡れている。気が付けば小さな幸せが自分の隣にいる、そんな映画でもありました。
 多くの人に観て貰いたい。そして日本の首相を始め、政治家と言われる人達には是非とも見て貰いたい映画です。更には世界の人達、その中でも特に政治家に観てもらいたい映画です。
 上映の映画館数が少ないのですが、多くの人達に、是非機会を捉えて観て貰いたいと思いました。


posted by nikki at 09:28| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

能ヶ谷通信

抹茶を飲む


 お点前を知らなくても、抹茶を点てて飲むことは出来ます。食後に甘い物を摘まんでから頂く一服の薄茶は、値の張る高価な抹茶でなくても、スーパーで売っている抹茶でも、とても美味しくいただけます。
 点前は、流派によってまちまちですが、目的はただ一つ美味しいお茶を頂くことです。茶碗を右に回す流派もあれば、左に回す流派もあります。どちらも、お茶の美味しさに変わりはありません。
 お茶を点てる茶筅の振り方も、慣れると上手になります。抹茶の分量もお湯の量も自分好みで試してみて下さい。抹茶をすくうのは小さなスプーンでも十分です。茶碗も自分の好みで何を使ってもお茶が点てられれば良いのです。そんな風に日常の中で、気軽に抹茶を飲んでみませんか。


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2016年11月21日

能ヶ谷通信

慕情


 都心で行われた茶会の帰り、14時55分ころに小田急デパート西口一階の大階段の前を通ると、カンツォーネのコンサートが15時から始まると言うことで大勢の人が集まっていました。あと何分も待たなくとも良いので、聞いて行くことにしました。30分ほどのコンサート、ピアノとバイオリンやギターの伴奏でカンツォーネを歌うのですが、その中でカンツォーネではありませんが、カンツォーネ歌手が歌う映画「ゴットファーザー」の「愛のテーマ」、テノールのオペラ歌手が歌った映画「慕情」には、特に聞き入りました。
 広場に響き渡る美しく圧倒的な歌声に、大階段を上り下りする人達が映画のワンシーンのようにとても優雅に見えました。
 音楽は形のないものです。曲が終わればその痕跡は何も残りません。しかし、心の中に感動や切なさ悲しみや喜びなど様々な余韻を残します。
 私が中学生の頃、コニー・フランシスの歌う「慕情」が好きで、歌詞の意味も分からないまま、何度も何度も繰り返し聞いたことを彷彿としました。そして、その頃の青い自分を懐かしく切なく思い出しました。


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2016年11月14日

能ヶ谷通信

あるかのような嘘をつく


 今日のEテレ(NHK)「日曜美術館」はダリと彼の作品についての番組でした。その中でイラストレーターの寺田克也氏が言っていた
「あるかのような嘘をつく」
という言葉が胸に響きました。
 昔から言われている言葉なのでしょうが、私にはとても新鮮に聞こえました。物語を書きたいと悶えている私には、身に染みる言葉でした。そして、この言葉は茶の湯にも通じるものだと思いました。狭い茶室空間の中に俗塵を払った別天地を作り出すこともまた、「あるかのような嘘をつく」ことに違いありません。本来の茶の湯とは、その境地で行うものなのではないかと考えます。道具を並べただけの作法・点前では、自分は勿論お客人をも俗塵を払った別天地に誘うに値する壮大な嘘をつくことなど出来ないでしょう。私のお茶に対する戒めの言葉だとも思いました。


posted by nikki at 10:25| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする