2021年01月04日

逆転

 今年の「箱根駅伝」にも様々な逆転劇がありました。その中でも、ゴールでの逆転は、予想だにしていなかった展開でした。
10区、1位と2位の差は、時間にして3分以上、距離にして1000メートル以上の差がついてのスタート。多くの人が、このままの順位でゴールするだろうと思っていたことでしょう。だがゴールまで数キロという所で、1位と2位が逆転し、そのままゴールとなったのです。感動の逆転、激痛の逆転。そこには様々な感情が交錯していた筈です。しかし、その逆転は事実ですが、これからの道程、勝った方が勝ちっ放しではありません。負けた方もそのままの負けが続くわけでもありません。人生における逆転はまだまだ続くのです。
     1月1日生まれの私は、新たな年が明けて、お陰様で古希を迎えましたが、その70年の歳月の中には、様々な逆転がありました。悔しい逆転もあれば、嬉しい逆転もありました。その中で知ったことは、人生の同じ種目で逆転を果たさなくとも、別の種目で逆転できることがあると言うこと。好きなこと、長く続けてきたこと、思いのあることをこつこつと続けて行くことの大切さを逆転から学んできました。
 さあ、これからまた自分を見つめ直して、自分らしく懸命に生きていこうと思うのです。
posted by nikki at 09:38| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月28日

ナツメロ

 私が若いころ、両親が懐かしい歌を、昔の曲は良かったと言いながら聴いていました。古くさくて単調で、どこが良いのだろうかと思いました。
 今、自分の青春時代の歌を聴くと、沸々と若かった時の気持ちが思い出され、良い曲だなと思うのです。きっと息子達は、私が懐かしく思って聴いている曲を、古めかしくてパッとしないと思っていることでしょう。若かりしころの私が、両親が聴くナツメロの良さに気が付かなかったように。流行歌には、そんな一面があるのでしょう。流行とはそんなものなのかも知れません。
 しかし、今時の若者に迎合しているわけではないのですが、この頃の曲にも、私が良いなと思うものや琴線に触れる曲が沢山あります。 最近特に良いなと思う曲は、KingGnuの「白日」です。流行の流れが速い昨今、この曲も、もう前の曲なのでしょうか。としても、私にとっては今の曲なのです。この「白日」という楽曲は、旋律、リズム、詞の内容、歌っている人の歌声や、演奏している人の上手さに加え、曲自体の重さと深さを感じます。「三文小説」も注目です。
posted by nikki at 06:06| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月21日

雇用するということ

 人を出来るだけ安い賃金で働かせ、少しでも多くの利益を上げようと腐心している今の世の中。これで良いのでしょうか。パートだアルバイトだ派遣だ、契約社員だと低賃金で使いながら、何時でも解雇できるような考え方は、余りにも身勝手過ぎます。その結果、人々は労働に疲弊し生活も逼迫しているのです。
 世界経済の中でも企業は、人件費が安い国を求めて工場などを進出させています。その結果、自国の働き口はなくなり、人々の生活が成り立たなくなっているのです。
 額に汗して働く者がいるお陰で、この社会は成り立っています。そんな人達が、物のように使い捨てられる世の中は、いずれ崩壊します。血も涙もなく人員をカットしても、企業の幹部連中は、自分の取り分だけは増やそうとしています。  人を安く使って、利潤を上げようとする考えは、世の中に不幸をもたらすばかりです。その労働にあった正当な賃金と雇用こそが、国の繁栄をもたらすのではないでしょうか。
posted by nikki at 11:07| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月14日

マスク

 私は生まれてこの方、インフルエンザに一度も罹ったことがありません。そして、冬に風邪をひいたこともありません。それは、マスクのお陰だと思います。
 私の母は生前、冬になると必ずマスクをする人でした。理由は風邪予防と保温です。衛生上のマスク使用は当然のことですが、マスクをしていると直接寒い空気が体内に入ることがないので、体の保温に役立ちます。母は死ぬまで、北海道・青森と北国の極寒の地で暮らしてきましたので、生活の知恵として、冬になると寒さ対策でマスクを使用していました。その母のマスク着用が手本となり、私も冬になるとマスク着用をが当たり前になっていました。そのことがあって、コロナが感染拡大する前からマスクのストックがあり、あのマスク不足の混乱状態の時でも、私達家族は、マスク不足で困ることはありませんでした。
 ニュースなどで、今冬はインフルエンザの罹患者がいないと聞いていますが、それは、やはり皆がマスク着用を励行しているからだと思います。
 そうそう、我が家では、コロナの前から帰宅後のしっかり手洗いは、家族全員が心掛けていました。そして帰宅後のうがいもやっています。うがいはあまり、感染防止には役立たないなどと言われていますが、習慣で帰宅後にうがいをしないと、さっぱりしません。我が家では、イソジンなどのうがい薬も使用しています。
 コロナはいずれ終息しますが、その後も人混みの中に出る時はマスク着用を、帰宅後は手洗いとうがいの励行を、私は心掛けたいと思います。
posted by nikki at 10:38| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月06日

月に叢雲(むらくも)

 先日の通勤帰り、夜の8時過ぎ頃に自宅最寄り駅の改札口を出て帰路についた時、真っ正面の夜空に丸い月が、棚引く叢雲にかしずかれるようにしながら、煌々と輝いていました。嗚呼、美しいと思わず呟きました。
「月に雲間のなきは嫌にて候」
 これは、佗茶の創始者と言われている村田珠光の言葉と記憶しています。この言葉の通り、その日の月は雲間に浮かび、その風情には威厳すら備わっていました。月と言えば秋と言う一つ覚えを超越した美しさがありました。
 早稲田大学の「會津八一記念博物館」の大階段の途中に飾られた横山大観と下村観山合作の「明暗」の絵を彷彿としました。この「明暗」は朝日を表現しているそうですが、日本古来からの「わび」「さび」の境地にある作品としてみれば、月に叢雲とみても、あながち誹りを受けるものでもないと思うのです。
posted by nikki at 16:50| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月30日

禁花(山茶花)

 下記のように『南坊録』覚書に禁花の項があります。
「花生(はないけ)にいけぬ花、狂哥(歌)に、 花入に入れざる花は、ちんちょうげ(沈丁花) 太山(みやま)しきみ(樒) けいとう(鶏頭)の花 女郎花 (おみなえし)ざくろ(柘榴) こうほね(河骨) 金銭(盞)花(きんせんか) せんれい花をも嫌う也けり」 (東洋文庫201「日本の茶書T」林屋辰三郎他著 平凡社1994年)
 匂いがきつい、色が毒々しい、棘がある、名前など諸々の理由から、茶席には飾らない方が良いとされる花を教えています。
山茶花(さざんか)も禁花として扱う方もいます。理由としては、名前に「茶」の字が入っているからとか言われていますが、名前は人間が勝手に付けたもので、花そのものには何の拘りもないはずです。垣根の山茶花がまだ咲かない時に、膨らんで今にも咲きそうな山茶花の一番花を、私は、茶席に飾ることがあります。椿にはない人懐(ひとなつ)っこさがあるように感じ、席が和むような気がします。
posted by nikki at 11:35| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月23日

ステイホーム

 またコロナの感染が拡大しています。それを防ぐためにステイホームが叫ばれています。しかし、ステイするホームのない方もいます。
 仕事はオンラインで家でして下さい。それが推奨されています。その反面Go toトラベル、Go toイートなる施策により、旅や外食を推し進めています。仕事は制限され、遊びは推奨される昨今。
 いくらコロナ禍中であっても、心配りを忘れずに、そして仕事の大切さを忘れないでいたいものです。
posted by nikki at 10:05| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする