2018年11月12日

豪徳寺

 東京に住まうようになってから、平日は大抵、小田急に乗って新宿まで通っています。その折、豪徳寺の駅を通る度に親友と呼べる人のことを思い出します。座席に座ってウトウトしていても、ぎゅうぎゅう詰めの満員電車で人に潰されそうになりながら立っていても、その駅を通過する時、私の意識は覚醒するのです。学生時代は勿論のこと、大学を卒業して郷里青森に帰った後も、上京する度に、彼の家に遊びに行ったものです。住所は梅ヶ丘となっていますが、彼の家に行く時は、梅ヶ丘より1つ小田原寄りの豪徳寺で下りた方が近いのです。
 彼は、不慮の事故で若くして此の世を去りました。生前はあまり感じたこともない彼の温かさや穏やかさが、亡くなってからもう何十年も経つのに、今も深く胸に染みるのです。
 その親友が死んでからは彼の家を訪れたことがありませんでした。しかし最近になって、その家はまだあるのだろうかと、豪徳寺の駅に降り立ってみました。改札口を出た後、この道を行けばいいだろうと、うろ覚えになった記憶を手繰り寄せながら、10分程歩きました。そして迷うことなく、彼が住んでいた家の前に辿り着いたのです。昔、友達を訪ねて来た思い出の家は、色褪せた写真の中の家のようでした。友達のいない家は、しんと静まり返って淋しそうに古びていました。私は、少しのあいだ眺めただけで踵を返して豪徳寺の駅に向かいました。
 彼は一体何処へ消えたのでしょうか。今になっても理解できず、豪徳寺の駅を電車で通過する度に、私はそう繰り返して思ってしまうのです。
posted by nikki at 11:13| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月04日

街のイルミネーション

 10月31日のハロウィン、渋谷の街は大変だったようです。テレビで見ていて、あの騒ぎ方は尋常じゃないと思いました。祭と懸け離れた騒ぎは、集団暴挙の自己満足に過ぎないように感じます。
 その日の新宿は、仮装して歩いている人達はいましたが、乱痴気騒ぎにはならなかったようです。丁度その日、今年最初の酉の市の前夜祭で、花園神社は例年のように賑わっていました。
 11月1日、新宿区役所通りのイルミネーションが始まり、点灯式に花を添えて区役所前のスペースでジャズが演奏されていました。何時ものように人が多く往来していましたが、歌舞伎町は渋谷に比べれば、落ち着いているのかも知れません。これから、様々な街でイルミネーションが花開く季節になったのですね。
posted by nikki at 16:33| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月28日

東京駅

 先日、昔の教え子達と楽しい一時を過ごしました。教え子達と言っても、既に五十を数個過ぎている立派な大人達です。6時からの会合で8時20分頃にお開きとなりました。会場となった洋食屋は銀座一丁目付近で、東京駅八重洲口から歩いても7、8分。帰りは皆で東京駅まで歩きました。駅に着くとこのまま別れるのも名残があり、これから丸の内側に出て、アップライトされたレンガ造りの東京駅を見物してから帰ろうということになり、八重洲北口から丸の内口に抜けて行きました。東京駅正面玄関の前で、秋の宵の心地良い風を感じながら、また色々な話に花が咲きました。若き日の私の至らない教師の失敗談に笑い合いながら、皇居に続く美しい道を彩る街灯を眺めて心豊かな一時を頂きました。
 北国津軽の高校で出会った教え子達と35年という歳月を経て、東京のど真ん中の東京駅丸の内口で談笑できるとは、あの当時、露にも思っていませんでした。また一つ大きな力を貰いました。皆さん、これからもまた頑張りましょう。
posted by nikki at 15:31| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月22日

学園祭

 秋が深まるこの時期になると、毎年、甘美な郷愁を伴って大学時代の文化祭のことを思い出してしまいます。私の卒業した大学では『建学祭』と呼んでいて、11月3日を中心に開催されます。私は大学に入学してから直ぐ、『茶道研究会』という部に所属しました。その部は学園祭で茶会を開くのが大きな目標です。『茶道研究会』と言うと、女子学生が大半と思われる方もおいでになられるでしょうが、20人ほどの部の中で女子は4名、あとは全員男子学生でした。夏休みに五泊六日ほどの合宿を大山などの山寺で実施して、私たち1年生に薄茶平点前を徹底的に叩き込んでくれました。その成果を学園祭の茶会で披露するのです。10月に入ると部活動は茶会の準備に明け暮れます。そして、講義室に土や植木を持ち込んで茶庭を造り、そこで野点をイメージした茶会を開催しました。あの時の茶会が、今の私の一部を形造っていると言っても良いほどのインパクトのある活動でした。青春の大きな1頁は、年を重ねるに従って、より一層胸が切なくなるほどの美しい思い出になることを、この年齢になって初めて気が付くのです。
posted by nikki at 11:34| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月15日

匂い袋

 この頃の人達は老若男女を問わず、香水やオーディコロンそして化粧品や衣類の柔軟剤など様々な香りを身に纏っています。その香りがあまりにも強すぎて、公害ならぬ香害という言葉まで生まれています。確かにあまりにも強すぎる香りは、心地良さを通り越して鼻についてしまいます。香りは仄かに香る程度が、品良く素敵に思われます。
 65歳を過ぎた私は、日本古来の匂い袋をベルトの所に常時下げていますが、月に一度の割合で、匂いの同じ新しい匂い袋に付け替えています。西洋の匂いと違って、強烈な香りではなく仄かな匂いです。そして何より付けている私自身の気持ちが穏やかになるのです。一度、試してみては如何でしょうか。
posted by nikki at 07:18| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月07日

台風が通り過ぎた朝

 厳重警戒を要する台風が、未明に通り過ぎました。窓の雨戸をすべて閉めカーテンを引いていたのですが、強風の音に何度も夜中に目を覚ましました。寝不足気味で朝目覚め、雨戸を開けると、眩しいほどの朝日が家の中に差し込んできました。正に台風一過の晴天です。暴力的な風は、心地良い秋風に代わっていました。家を取り囲むように植えてある金木犀の花が庭一面に散りながらも、その甘い香りを漂わせ我があばら屋を包んでいました。自然は驚異です。しかし、自然は美しい。だから防災はしっかりとしておきたいと思います。
posted by nikki at 15:46| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月30日

嘘笑い

 街を歩いていると、様々な議員の方々のポスターをよく見掛けます。キャッチフレーズもなかなかなもので、誠実とか謙虚とか皆さんに寄り添って等と書かれていますが、その議員達の何時もの不遜な態度と言動を見ていると、そのキャッチフレーズがなんとも寒々としてしまうのです。更には、そのポスターに大きくアップされた議員の笑顔が、嘘笑いに見えてしまいます。ポスターの全面から漂っている嘘と偽善を感じてしまうのです。
 本当に誠実で謙虚、そして私たちに寄り添う方々は、言葉で言うのではなく、日々の態度で示します。謙虚や誠実、国民に寄り添う姿勢を、日々の行動で証明して欲しいのですが…。
posted by nikki at 14:11| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする