2019年12月02日

社会を育てる

 今、企業では30代・40代が不足していると聞きます。大小の関係なく企業は、30代・40代の人材を求めています。しかし、その人材は、直ぐに役に立つ人材でなければいけないのです。つまるところ、他人が育て上げた人材を都合良く取り入れたいという考えです。
本来、自社を支えるそれらの大きな力は、自分達で育て上げるべきなのです。今、有能な力を持っている30代・40代の人達が、就職も出来ず、また非正規で埋もれています。定年が延びている現在。今からでも、決して遅くありません。埋もれている30代・40代を自社で育ててください。就職氷河期を経験し就職にも付けずに、今まで日の目を見ずに辛酸をなめてきた苦労人の30代・40代の彼等・彼女等は、会社の大切さを充分に知っているはずです。今まで、良い思いをしてきてヘッドハンティング等と言って、条件の良い会社に転職するような人達とは、会社に対する違った価値観を持って働いてくれるでしょう。
 社会を育てると言うことは、自ら人材を育てると言うことではないでしょうか。30代・40代の人達は、まだまだ育つのです。
 30代・40代の人達の多くが安定してこそ、より良い社会、より良い日本になるのではないでしょうか。
posted by nikki at 13:32| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月25日

良い関係

 今生きている人達に、当事者としての責任のないことを何時までも言い募り、上から下まで皆がこぞって憎しみを心に抱きながら、賠償という金品を要望し此方に向かう相手とは、仲良くなれるはずはありません。それは道理です。
 銅像は称えるべきものであり、憎しみを拡散させる道具ではありません。ましてやこの銅像は芸術でもないでしょう。
 此方の寺にあった仏像を無断で取っても、裁判所がその行為を正当と認める相手に、心が開くでしょうか。
 今回の延期は、彼の国を見てのことで、此方に配慮したものではないことは、誰でも分かることです。この延期とホワイトの件、スワップの件は全く別物であること、仲良くする条件にはならないことを知って貰うべきでしょう。
 話し合いは継続することが大切です。また、此方と仲良くしたいと思っている人達がいることも忘れてはなりません。そのような方々とは今までのように繋がっていたいものです。お互いに、責任転換をすることなく、真摯に話し合いを続けるべきでしょう。
posted by nikki at 09:27| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月16日

枯葉色

 装う色にも季節がある様に思います。秋も深まった今の時期、服装に取り入れたい色は、やはり枯葉色でしょうか。厳密には違うかも知れませんが、黄土色の少し濃い目のものを、私はそう呼んでいます。ジージャンの下のニットセーターや、防寒用のマフラー、ズボンやスカートを枯葉色にすると、何となく秋の季節を身に纏っているようで、しっくりします。着物の柄付けに、紅葉した葉とか菊の花などを染めたものが、今の季節に多く見られます。絵柄で単刀直入で秋の季節を取り入れることも素敵ですが、何気なく枯葉色の無地の着物を着るのも、押しつけがましくない奥ゆかしさを感じさせます。そんな装いの和装の女性を、先日街で見掛け思わず1人で頷いてしまいました。
 日本の深まる秋に、落ち葉色ほど似合うものはないのかも知れません。単なる私の独り言ですが。
posted by nikki at 16:11| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月11日

パパ友

 先日、三軒茶屋のハンバーガー屋で、軽い昼食を摂っていた時のことです。それぞれに2歳ぐらいの男の子を連れた2人のパパ達が向かいの席に着きました。子ども達は遊びながらハンバーガーを食べ、パパ達も談笑しながらコーヒーを飲んでいました。ママ友ならぬパパ友なのでしょうか。無骨ながらも健気に、幼い子ども達の面倒を見ながらも、男同士で結構、会話を楽しんでいるようでした。ママ達は仕事でしょうか、それともママ友の集まりにでも行っているのでしょうか。新しい時代の父親像を垣間見た思いでした。店を出て秋の空を見上げると、一点の雲もない空が広がっていました。
posted by nikki at 09:25| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月04日

「異なる思い」そして「謝罪要求」

 人の心は一律ではありません。自分が好きなものでも、他の人は嫌いなものも一杯あるでしょう。自分が思っていることや感じていることが、他の人と異なることは当然のことです。その違いを互いに認めるところから、人と人そして国と国の良き交流が始まります。自分の一方的な主張のみでは、小さな諍いを招き、更には大きな諍いに繋がると思うのです。それは、人と人の間でも、国と国との間でも言えることなのではないでしょうか。
 近年、謝罪を求めることが何と多いことか。祖父の代以前に戻っての謝罪要求まであります。謝罪したとしても、それで満足している様子は見えません。更に恨みだけを募らせているように思えます。そして、その負の連鎖を子孫に繋ごうとしている人達もいます。これでは世の中、平和になる訳がないと思います。憎しみを越えたところから、より良き未来が開けてくるのではないでしょうか。
posted by nikki at 09:54| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月28日

うたコン

 家に帰ると書斎の机の上に、1枚の葉書が上がっていました。往復ハガキの復信に私が自分で書いた私の住所。うたコン観覧の応募葉書の返信です。今までに一度も当たったことのないハガキ。今回も「残念でした」というものだろうと思って裏返してみると、今までと様子が違っていました。もしかしたら、当たったのかも知れない。細かな字で様々な注意書きがある上の方に、当選しましたと書かれていました。家内にその事を告げると、彼女も、今回もまたハズレだと思っていて、ハガキの宛名の面だけを見て、机の上に置いていたとのこと。「本当に当たったの?」と私が渡したハガキの通信面を見て、やっと当たったことに気が付いたという塩梅でした。「本当に当たるんだね」と夫婦で顔を見合わせて喜びました。
 うたコン当日、当たったハガキを握りしめて夫婦2人でNHKホールに行きました。それはそれは楽しい一時をいただきました。2人で、一年間分の受信料の元を取ったねなどとたわいないことを言いながら、夢心地で家路に着きました。
 ありがとう、うたコン。
posted by nikki at 14:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月21日

ファー(Fur)の襟巻き

 日本の着物は、暦の上で着る素材や仕立て方(袷か単衣か)が決められています。お茶では、それが口うるさく言われ、その習慣から外れると、着物の常識を知らない等と様々な指摘を受けることもあります。昨今、そのような和服のしきたりも、大分フレキシブルになっているように思えますが、まだまだ暦通りに着物を着ている人達が大半です。勿論暦通りで、過ごし易いのならば、何も問題はありません。
 五月はこれまでの習慣から言えば、まだ袷の時期、しかし昨今の五月は、気温が高く夏日など珍しくありません。暦通りに袷を着ていると、暑さで体具合が悪くなります。私は五月であれ四月であれ、気温が高い時は、一足早く単衣の着物を着ます。同様に六月に入って間もなくの頃、その日の温度によっては、薄物を着ることにしています。衣服は、暦で着るのではなく、その日の温度や湿度などを考慮して着ることが大切です。それは健康面でも大切な事でしょう。
 9月下旬の先日、初冬到来を思わせるように肌寒い日がありました。新宿通りを歩いている時、外国の女性の方が、仕立ての良い秋冬用のシャネルスーツに、なんと襟にはファーの小ぶりな襟巻きをして颯爽として歩いているのに出会いました。9月のファーが一足早いお洒落を醸し出していて、思わずセンスの良さに目を見張りました。ファーは12月に入ったあたりからと思い勝ちですが、そんなことに捕らわれることなく気候にマッチしたお洒落は、とても素敵で粋にさえ感じました。
 暦ではなく気候に合わせた装いの醍醐味を見た思いでした。
posted by nikki at 08:52| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする